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2013年2月

還りゆく

しずかに みつめて

感じて

まっくらにみえた そのなかに

ほのかなあかりが ある

向こうは そら それとも うみ

もしかして おか?

いのちは つぎのいのちへ紡がれていく

たましいは 風となり 水となり

土となって

すべてはめぐる 

すべてはひとつ

そう思えば ちょっぴりこわさも

うすらぐみたい

また あえるよね きっと


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わたしのなかの子ども

ちいさいころ どんなことを思ってた?

なにをしてるときたのしかった?

かみさまにおねがいしたいことってあるかな?

いま 大好きなともだちってだあれ?

****

・・・あかん、なみだ出てきた(泣)
ここんとこ、こればっかりやー!どうしたん、らしくもなく??

書き始めたときは考えてたはずなのに、
なぜだか途中からふっと、声がきこえてきた気がする・・・

どんなことがあっても叶えたいこと・・・みんなあるのかな。
物事に淡白すぎるかって思ったりするけど、ひょっとしたら
どっか感情の一部が欠落してるのかもしれない。

いろんな人とのかかわりのなかで、
ひとりの人間のなかには別の存在も棲んでいそうだと感じてる。
・・・あ、多重人格などのことではなくて。
(ただし、人は一面的でないという意味でいくつもの顔を持っている自覚はある)

よくいわれている、インナーチャイルドもそうじゃないかな。
その分野の深い知識はないから、わたしなりに感じることを書くと
みんなかつて子どもだった訳だし、大人になってもきっとどこかに
子どもの部分というのはあると思うんだ。
それは決してマイナスではなくて、むしろひろい視点で物事をみる
のに役立つ領分なんじゃないかと。

けれど心配なのは、そこになんらかの不具合が生じていること。
たとえば、子どものときに子どもらしい過ごし方がされなかったり、
抑圧が感じられたり、感情を封じ込めるような強烈な事柄によって
傷ついていたり。

じぶんが子どもだったときを考えてもらうとよく分かるのですが、
大人の考えが先行して絶対になっている(子どもには判断材料が
少なく、考えるだけの知識もほとんどないので仕方ないけれど)
からしてはいけない、ありえないの縛りが常についてまわるんですね。

結果、こうしたい、があってもそんなこと駄目なんだ、できっこない
・・・そこから一歩踏み出すことがむつかしくなってる。

わたしも・・・なにかに怯えて怖くてたまらない部分を持ったまま
生きてきた気がしますが、この十何年かのあいだ、それでもいい
から、こわくてもいいから、こっちへ向かってかなきゃだめだよ!!
・・・そんな叫びがずっと奥底から響いているようで。

精神的に未熟なのはわかっていました。
とはいえ、それは子どもの心とは関係なく、純粋さもほど遠い
かわいげのない人間だと感じていたのです。
それがあるとき、子どものようなところもあって、それも持った
まんまで大丈夫だよ、とメッセージが届いた。

・・・インナーチャイルドって、本質、魂にいちばんちかい場処、
ほかからは入れない不可侵の領域、ひとの宇宙なのじゃないか、
といまは思います。
時折、話をすることでじぶんのほんとうの想いをたしかめる・・・

ちょうど意識がそこに向いたのか、はっとすることがあって。

石が来たのです。
きけばインナーチャイルドにも作用するというインカローズ

なまえも風情もわたしにはまるっきりそぐわないものだと思って
いたからどうして?と不思議だったのですが、どうやらいくつかの
動機が重なっていたみたい・・・

****

泣かないで

こわくない こわくない

いたいの いたいの 飛んでけ!

ほら いっしょに遊ぼうって

大好きなともだちがまってる

手を つないでごらん

笑って きみは生きていいんだよ

 

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今回、石のアクセサリーでお世話になったmyuさまのブログです。

Soul crystal アクセサリー *アトリエ*Fairy TRINITY**

梅に寄す~生命の源

 海ならずたたへる
   水の底までも
     清き心は
        月ぞ照らさむ

         菅原 道真公 御歌

いつの頃からか、この歌がどこかにのこっていて
ずっと気になっている。
・・・そう感じていたら、年明けにふたたび。

呼んでしまったろうか?

それでも嬉しくて。

道真公といえば“東風吹かば”・・・の歌が有名だろうか。
梅の花が慕って飛び梅となった、との話。

浪漫があっていいな。
実際、梅の精っていそうな気も。
観えたらそれもおもむきがあっていいかもしれない。

歳を重ねるせいもあるのか(笑)、
梅の花が好きである。
桜には桜のはなやかさがあって好きなのだけど、
いろんなことを重ねてみる時に浮かぶ心象は
梅が多い。

昔は梅が詠まれた歌も多かったそう。

一応、日本史とってたりもしたわりにはとんと詳しくは
ないのだが、何故だか道真公には縁があるようで。

これ、どっかで話したかもしれないけれど、たまたま
興味もってみた本に道真公の子孫がかかわってたり。

文字や書体にも関心が向いていて、そこに篆書があったのだ。

その書物によれば、梅の篆書について

梅 木と毎から成る。
毎 母(豊饒の意)と草木が伸びて出て来るかたちが
合一したもの。草木が盛んに成長するの意と大きいの
意がある。
大きい木。酸っぱい実のなる木。

とあり、悪魔をしりぞける霊験あらたかな文字とのこと。

飛び梅が道真公を守護していると観ることもできるか。
どことなく母性を象徴するようにも??

字体が似ているので海も観てみると
こちらは水と毎からなり、同様に
豊饒の意から大きな豊かな水をあらわす
ものとされる。

何気なく目を向けてみると、どちらもはじまりを示すというか、
起源といったふうがある。

私は、大地にしかと根をはって!と感じるときに梅の木を
想っているのかもしれない。・・・なんというか、花の風情とか
木の構え、文字通り『氣』がまえのようなものがどっしりしていて
たおやかさ、凛々しさを感じるのだな・・・

だから好きなのだろうけど。

本日、立春ということで、見える部分はまだ冬もよう、
しかしじんわりと、風や香りのなかに春の気配も
漂いはじめそうである。

久しぶりに篆書の本を見つめて・・・
心を鎮めたいときの一案で、やはりこちらも活用したいと。

いま、どんな願いを抱いているだろうか?

それによって、観る篆書も選んでみてほしい。

やわらかなしあわせの訪れを祈って


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参考:『氣をよぶ字』(紫翠会出版)・『心で観る字60』(オーエス出版社)

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