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2012年10月

こころとからだにきく

・・・このところ奇妙な夢をよくみる・・・

人は毎日、夢はみているそうなので気にすることではないだろうけど。
かなり苦しいもののようだ。内容はほとんど覚えていないが痛烈な、
しかもこれ以上ない侮蔑を含んだ言葉を浴びせられている感じを受ける。

真綿でじわじわと締めつけられる・・・そんな異様な感覚

潜在的なものが引き起こしているのなら、根源は間違いなく自分自身、
つまり、どこかに自虐思考があることになる。

自己肯定がしづらい認識はある。
それでも、大事に思ってくれたり受けとめてくれたりするひとのおかげで
少しずつ自分のことも信じられるかもしれない、と感じ始めている。

ただ、蓄積された負荷をいっぺんにひっくり返すことは反動が大きすぎるから、
その深さにおそれおののく時間が生じるのも無理はない。

・・・そういうことなのだろうと。

眠気がくるのとはちがう、けれど、もしかしたらからだは
止まることを促しているのでは・・・

いつもより動きが鈍くなっている感じなので様子をみていた。

このサインを見落としてしまうと何もしたくなくなり、さらに悪くなると
動くことさえできなくなる。

走りっぱなしでいると、止まることはむつかしい。
また、気持ちが内側にばかり向かうとそこから意識が抜け出せなくなる。

いくらか自覚があるうちに・・・
少し休むことも必要じゃないかな。
急に止まることが無理なら、ペースを落としてみることもひとつの手。

何かに悩んだり行き詰まったりしているのなら、
ほんのちょっぴりそこからはなれてみよう。
ちからが入りすぎていると、おんなじエリアから脱出できないから
ほかの手段が浮かばない。

からだが動くなら、外へ出てみてもいい。
ちがう空気にふれると、かたくなってたこころやからだに
ふわ、とやわらかさが戻ってくる。

・・・病気になったり事故起こしたり自分のこと消そうとしたり・・・

それってがちがちになっちゃってて、落としたら割れる、
みたいなところまでいってたんだよね、たぶん。

なんでもかんでもわーっと、ひとかたまりにしちゃうときつくなるから。

「あーしんど」

とつぶやきつつ、ひとつ、ひとつほぐしていく。

水分補給をしなくては生きられない。
風を取り入れなければ呼吸できない。
熱を持たないと生きてる醍醐味もない。
光合成するくらいのやわらかさもないと養分は吸収されない。
しっかり根をはらないとぐらぐらするばかり。

・・・いま、何が足りてない?

できない、やれないことで自分を責めることは多いかもしれない、
でも、それより、この瞬間にやれること・・・

「自分が自分であれること、動くこころとからだを保てること」

無理をすることであなたが壊れてしまうのなら、
まわりの人はそのことを望まない。

いまは休息も入れながらじんわりと歩むときなのだろう。

季節の変化、そしてある種の移行期にもさしかかっている。
自分のほんとうの気持ちがどこにあるのか、どこへ向かっていくのかを
見つめて、必要なエネルギーをためておくのが良いかもしれない。

優しすぎる人は、まわりの人のためにがんばってしまうけれど・・・
いちばんは自分、でかまわないと思うんだ。
でないとひとりでどんどんつらさをかかえてしまう。

弱いのも情けないのもひとりきりじゃない、みんな似たようなもの。
だから、精いっぱいここにいる自分を大切にしてほしい。

あなたは大切な人としあわせを分かち合うために
笑顔になるためにここに生まれてきたんだよ


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魂の森に浮かぶ

生まれる前に どんな地図を
描いたのか

そこにはおおまかな道が
記されているだけ

ただ 生涯にわたる
何らかの意志は

群れることを嫌うのは
いまに始まったことじゃない
そこに入らねばならぬと
思ったこともなく

笑う様相で近付く輩に
ろくなものはいない

あるのは 利己心 力の誇示

識らぬ間に負った
傷みも拍車をかけ
かかわりを極力避けてきた

そのはずだった

なのに気づくと君はいる

ごく自然にその風景のなかに
厄介事など何もなかったように

時折ふと 鏡をみるように
君はそこにいて
そのことがとてつもなく
おそれも伴うけれど

それゆえに生きている
生きたいと願う自分自身をみる

何処にでも存在しうるとは
思わない
けれどもし 存在することを
許されているのなら

君のいる 君とともにある世界を
僕は選んでいきたい


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東儀秀樹さん

さて、きっかけは何だったのでしょ??

音楽ジャンルでちょっと変わったところを
開拓したかったのは確かなのです。
それで西洋的なものじゃなく、和楽器だったのかな。

ちょうどそのころに東儀さんの活動が話題になってて。

雅楽のひと・・・というと歴史とか家柄とかの重みあって、
雰囲気としてもどんなひとだろう、と思っていたので
関心はあったのですが、

・・・こわそう?・・・
(東儀さんにかぎらず小心で臆病者の楪には
たいていの人がこう見える。大変失礼ですが)

この印象は東儀さんの著書やトーク番組における
コメント、リアクションなどでのちに見事にくずれます(笑)

近くもないのに言うのも何ですが、相当面白いかたと
お見受けします。

淡々とされている感じですけど、根底には
じんわりとした熱さをお持ちのよう・・・
ご自身の人生経験から独自の世界観も
有してらっしゃいますね。

音楽って国境は関係ない、というのが強みだな、と
思います。そうした文化的なところで世界が手を
つないでいけたら・・・
東儀さんもそんな想いを持って、活動されています。
また、音楽ジャンルについても、幅広く考えてらして
いろんな試みをされている。

・・・芸術に限ったことじゃなく、私自身はながいこと
枠のようなものにとらわれていて、しんどいところが
多かったのかなあと感じたりもして・・・

東儀さんのように基礎や土台があってこそできること
なのだろうと思いながら、ああ、その考え方もありなんだ、
そんなやり方もあるんだね、と生きていく姿勢に
そのまま直結していました。

最近は東儀さんの音楽に接していなかったのですが、
この前たまたま検索中に東儀さんのアルバムにあたって。

『地球よ、』 2009.7.22 東儀秀樹

私は科学者でも研究者でもなく、宇宙開発などの関係者でもない。
そうした専門家ではなく、ただの、ちっぽけな人間だけど。

いつの頃からか地球って存在がとても身近なものになっていました。

理科系は得意だった訳じゃないのに、科学どっぷりの書物とか
買っちゃうし(汗)
なんだか不思議なくらいそっち方面にアンテナが振れちゃってたから
今回の出来事も

「あれ、降ってきちゃったかー?」

雅楽の空間というのはどこか宇宙と一体となっている
感覚があるので、しずかな時間を過ごしたいと思われるとき、
リラックスしたいときなどには良いんじゃないかな?

旋律や音色の振動が、細胞の隅々にまで届いてゆきそうです。

そうしてやわらかさを取り戻し、
たくさんのほほえみへひろがるといいなあ♪♪

個人的にはイメージとしていろんなことが浮かぶ
“Adagio”や“Moon River”がアレンジを異にして
入っていたこともすごく嬉しかったです。

秋の夜長に神秘のしらべはいかがですか?


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