ブログパーツリスト

  • presented by 地球の名言

« 2012年2月 | トップページ | 2012年4月 »

2012年3月

聖樹巡礼

何かの拍子に

映し出される大樹

どこか懐かしい風景は

この世の記憶 それとも

魂は生き続け

命は 輪廻転生するというけれど

あの大樹は

遥か遠くのシグナルなのか

見知らぬ島 深い森

ひやりとした感触の 神殿

行ったことなどないはずの 場処

あるのは 木々のささめき

どうしようもなくちっぽけで

立ち尽くすしかないのに

時折 あたたかなものがこみあげる

かえりたい 還りたい。。。。

その想いはどこから来るのか

どこへ向かうのか

見守る大樹に寄り添い

しずかに眠りにつく


~魂への旅~

『聖樹巡礼』 Rieko Sugihara

「利他」 人は人のために生きる(二)

自分の命は自分のもの、
そう思っていた。
けれど、

自分は一人で生きていた訳じゃないと
知った時、
心に誰かを宿した時、
それは違うのかもしれないと感じた。

確かに、
生きること、生きていくことは
容易ではなく、
苦しさやつらさが多くあるものかもしれない。

それでも、
今ここに自分が「存在する」以上、
なんとしても生き抜かなくてはならぬ、

何かがそう教えようとしているのでは
ないだろうか・・・


「利他」 人は人のために生きる(小学館)

からの引用になりますが、瀬戸内寂聴さんの言葉

「自分や自分の家族が不幸になったり、会社や学校でつらいことがあったりするのは、大なり小なり誰でも経験することです。でも、それで他の人を憎んだり、世の中を恨んだりしたって始まりません。かえって、自分の心がどんどん真っ黒になっていって、心を映し出している顔も、どんどん醜くなっていきますよ。逆に、そこで他の人のことを思いやることができれば、自然といい笑顔になって、今度は自分を助けてくれる人が出てくるかもしれないでしょう?」

これを読んだとき、思い当たることがあったんです。
心が真っ黒になって、醜くなる・・・
もちろん、私自身、清廉潔白だなんて言えるほど人間できてませんから、
こらあかん、ってことも山ほどあります。
ただ・・・状態がひどいときの考え方っていうのは、
強烈に自分を責めるか、ぎりぎりのラインで
「何で分かってくれない・・・」
といったうらみつらみのようなものがある訳です。

そういうときの自分の顔、かなりコワかったかも・・・

すごく酷い顔してましたね。
でも、それだと自分も苦しいし、周囲もしんどいだけで、
まるっきり進展しない。
だから、何か「動く」ようにしないと駄目なんですね。
「言葉」とか「行動」とか・・・

摩擦のないように進められたらいちばんなのですが、
それはやってくうちに学べるかな?

とにかく、自分の内側だけに向いてる気持ちを
そうっと外側へ向けてみる。

いきなり人に向けるのがしんどいときは、
ぼんやり外を眺めるとか、鳥の声をきくとか。
となりの人の話し声、生活音、
子供の笑い声だったり、風の音だったり。

そうしてるうちにちょっと歩いてみようか、とか
本を読んでみようか、とか
動けるようになってきて、まわりの人のことも
みえてくると思うのです。

私は心身にストップがかかっちゃったとき、
ホントになんにもできなくなりました。
意識はちゃんとあるのに、自力でほとんど動けない。
「なんでー!?」ってひたすらショックで。

活字は追えない、映像も観てられない、
音楽も聴けない、食事もまともにできない。

眼を、開けてることさえ苦痛だったのです。

そんな状態からどうやって動けるようになったんだろう・・・

あんまり思い出せないのですが、
ものすごくゆるやかに何かが働いて、そこからは
少しずつ、文字を書こうとか、活字を読もうとか、
お経をあげようとか、そうしたとこから始めたように思います。

苦しみや悲しみの状況はそれぞれに違います。
取りうる手段もさまざまです。
でも、ひとつ感じること。
笑えないときもあるけれど、心から笑えなくても
鏡の前で「笑う」ふりでもだんだん気持ちはやわらぐのです。
「笑う」表情すると分かると思うのですが、
ほっぺの筋肉、けっこう上がるんですね。
そうすると顔全体の筋肉がふにゃっとなってきて、
かたくなってた心もやわらかくなってくるんです。

泣き笑いでもいいです、思いっきり泣いて、笑って。

「本気で泣ける人は必ず立ち直れる」
ってどっかで読みました。

すべてが一律に進んでいく訳ではないし、
進まないことに引け目を感じることもありません。
自分の速度でかまわない。

笑顔はまわりも明るくします。
しあわせにします。伝染します。

美輪明宏さんもおっしゃってましたね、
いつも笑顔でいる人のところには何かおもしろいことがありそう、
と人が寄ってくるのだとか・・・

そんなあったかい場処に、なってみませんか?

そうなれたらいいな ほほえみがいっぱいのせかいになったらすてきだな

Morganite

ふんわりと気持ちが和らぐような、
そんな色を宿した、石。

前に緑柱石の話をしたときに少しふれた気がしたけれど、
三月になり、花の季節を迎えるな・・・とふと思った時、
この石が浮かんだ。

一般的に、鉱石類でピンク色といえば
ローズクオーツが真っ先に来るだろう。

あとはそう、人気どころはインカローズやピンクオパール
といった感じだろうか?

綺麗なのはたしかにそうなんだけどね、
・・・しかし綺麗すぎて苦手ってこと、ないかい??(汗)

元素の違いで発色が異なるだけで、組成としては
アクアマリンとも近いせいか・・・

穏やかな心をもたらしてくれる、
そうした側面もあるようだ。

最初に出会った石屋さんがこの石を紹介してくださった
おかげで、精神的にどれだけ救われたか分からない。
それは、この石そのものの効用でもあるし、
鉱石全般とのかかわり、そして、
石を通しての人とのつながりも私に与えてくれた。

春という季節、実は以前あまり好きではなかった。

これといって明確な理由はない、
人や事象が動くからということでもなく・・・

でもいまは。

むしろ痛みやつらさはこの時季いっぱいあるのに
それすら通り越して、愛しさが募っている。

・・・この石と仲間たちが護ってくれてるからかもしれないな。

愛情、清純、優美を象徴する鉱物

「独自に養われた洞察力と鋭い直感力で、物事の真実性を見極める力を養う」

思いやりの気持ちと知恵を与え、思考を明晰にして
無意識的な恐怖心を解消する力があるとのこと。

これも何かの導きなのか不明ではあるが、
とある行動から辿り着いた先で、この石を見つけた。
もちろん、種類が同じでも個々の石はまったく別のものであるから、
それによっても惹かれるものとそうでないものが存在する訳だが

・・・気になってしかたない・・・

桃色、に反応しているのかもしれない。

桃の花には魔よけの意味合いがある

優しい印象のなかに、心(しん)の強さも感じさせる石である。
凛々しさというか寛容さというか、
深い愛を湛えながら見守っている・・・

そんなまなざしを、時折。

自身もそのようにありたいと願い、祈る。

さはやかに そよかぜのふくころ
ひかりがまひおりることを

ここから かなたへ
のぞむ もの なり

精霊のことばに 耳をすまして。。。。

« 2012年2月 | トップページ | 2012年4月 »