ブログパーツリスト

  • presented by 地球の名言

« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »

2011年12月

賢治と鉱物

気には留めつつ、まだちゃんと読んだことがない宮澤賢治。
でも、不思議なところからぽつぽつ接点が出てきました。

たしか情報源は新聞の文化欄、・・・だったと思う。
視力めっぽう悪いくせになぜか「おや?」とアンテナ反応するんだね、
肝心なところには(笑)

地質学の学者さんの話で、著書の紹介があったのです。
そこから調べて、走る!本屋さんまっしぐら(爆)

書棚の目立つとこにありました、『賢治と鉱物』(工作舎)

これも感動でしたねえ・・・どこか宝箱みたいに感じられて。
オビがまた、なんとも。
池澤夏樹さんの推薦があって、

 
 鉱物に魅せられた
 
 宮澤賢治が見ているものを、
 彼の肩越しに見るような思い。

  詩と科学の
  もっとも美しい結合。

なんだかどきどきしました。
地質学や鉱物学っていうのは科学の分野だけど、
それが宮澤賢治と結びつくのだから、不思議ですよね。

本で観たのか記事を目にしたのか憶えてないけれど、
賢治が石好き、ということは知っていました。
いやはや、しかし、こんなふうに学者さんたちがとても美しい書物を
創ってくださるとは・・・

色別に鉱物が紹介されていて、その石にまつわる
賢治の作品のエピソードなどが書かれています。

私も自身の物語で石をあるものに見立てて描いたりしましたが、
賢治も色彩豊かにいろんな表情を描いていたのですね。
私はまだまだ詩的な情緒がたりないから、雰囲気が出ないのだけど・・・
でも、ほんとに石が好きなのだな、ということは分かる気がします。

もったいなくってなかなかページをめくれない実情はありますが(汗)

そうそう、前回の記事でもお話ししましたが、
こちらにも記述があったところをみると、鉱物学などでは通説なのかな?
赤い鉱物にて紹介の霰石・・・
無色~白色をはじめ、さまざまな色合いを呈するものですが、
一般には赤い鉱物ではないとか。
・・・私が知るかぎりは黄色、だと思ってたんですが、石屋さんのページでは
オレンジもあった・・・まあ、色っていうのはみんなつながっているから
赤みのあるオレンジもありだし。
「赤色の縞が混じっている良質のものは、飾り石などに利用」とあります。

はい、ここにもありました、《スプートニク》

アンテナを突き出した旧ソ連の人工衛星にどことなく似ていることからの
ニックネームだそうですが、写真の霰石は一見するとオレンジ色・・・
とはいえ、これなら赤色といえるかな??というくらいあたたかみのある
美しい景観です。

ランタンの灯りみたいでふんわりした気持ちになりますね。。。。

∞∞∞∞∞∞∞∞

2011年、本年中はおそらくこれが最後の記事です。
クリスマス寒波だとかいわれてましたが・・・雪降るのかな。。。
すでに雪深い季節に入っておられる地域のかたはそれどころじゃないですが。

また、それぞれに悩みや痛みをかかえて浮かれてばかりもいられない事情を
お持ちのかたもいらっしゃいますよね。

せめて心があたたまる話題や出来事がささやかに寄り添ってくれたら・・・・・・

公私ともにいろんなことがありましたが、一年間ありがとうございました。
お立ち寄りくださった皆様、コメントいただいたかたへ、感謝です。

そして、ふつつか者の私にお付き合いくださるみなさまへ。。。
来年、2012年もどこかでごいっしょできれば幸いです。

苦しいこと、悲しいこと、あるかもしれないけど、それは、
ずっとは続かないと思うし、ひょっとしたらすぐ近くに、嬉しいこと、
楽しいことが待っているかもしれない。みんな、きっとそう。
だから今、もし痛かったら誰かが笑顔になっていて、次はあなたが幸せになる番。
いろんなかたちでその風はやってきます。

あなたの幸福を祈っています。
わたしもね、ぐっちゃぐちゃになっちゃって、全然優しくないなあって思うけど、
そんなとき、ちょっぴりじぶんによしよし、といってみる。
ほんのすこし、やさしくなれるかもって思えたら、その可能性っていうのは
けっこうおっきな財産になるんじゃないかな。

まずは、素敵なクリスマスを☆
それから、良いお年をお迎えくださいね。

ではでは~★


みねらるよーかい∞楪蒼朋

美味しそうな?? でも不思議∞∞

時々まとめて書物買ってて、増やしすぎるとあかんからある程度で止めてる。
しかし・・・関心事も広くなるからなかなか集中して読めん・・・

もうちょい読みたかったんだがなあ、ことしのうちに。
(まだ意思はある)

**

たまたまこのところ鉱石がらみの本が続いてます。
それを買う予定じゃなかったんだけど、書棚行ったらばん!と目立つ格好で
置いてあって、まさに

「買うて♪」←このへん、ハートマークでもありそう

・・・いや、ちゃんと内容は観て買いましたよ(笑)
まあ、表紙やオビの雰囲気からほぼ買うな、と思ったけど。

ちょっと話したことあったかもしれない、フジイキョウコさんの本。

もったいなくって前回購入した本も、愉しみにそろそろとページをめくっている。。。。

今回手にしたのは『鉱物見タテ図鑑』

石の効用とかパワーなどのジャンルとは一線を画しているので
そちらの方面のみに興味あるかたにはおすすめしません(汗)

鉱物としての関心、観て、ああ、綺麗だあって純粋に感嘆するひとには
お宝本かな?・・・えと、わたしは機会がないのとそこまでの資格??有してない
(コレクターさんとか石屋さんとかでもなく)ものでよくしらないのですが、
ミネラルショーに参加されるようなかたにもばっちりな愉しみがあると思います。

フジイさんの本でそのあたり、関心もったんで
ミネショ(↑)すごそうだなー、けど、いっぺん観てみたいな~、なんて。

この本での鉱物はそうだなあ・・・植物を愛でる感じにも似てるし、
美術品の鑑賞、博物館的見地もあり、でしょか??

自然の、天然ものだからね。
作為的じゃなく、こうしたものがいろんな場処で、いろんな時間の流れで
かたちづくられていくんだと思うと、歴史や生命の営みが感じられてしばし
違う次元を漂ってるような感覚におそわれる。・・・いやな感じじゃないよ。
むしろ、記憶なんてないけど胎児の世界のような。。。

それぞれにつけられた“なまえ”が魅せるのです。
ことばの魔法にかかっちゃった者としては、ね。

“地界古書” “聖霊護符” “幻影満月” “閃光花火”。。。。

光のようすで色彩も変わり、さまざまな表情を魅せます。
同じ種類とか属性でも産地によって色合いや形状も異なるみたいですね・・・

わたしが「おや?」と感心したのは霰石(Aragonite)。
あめかんむりの文字って気になるもんだから石も同様になっちゃって、
ちらっとは見かけたことありました。・・・で、ことし偶然この石も手元にやって来まして。
そんなおりの、発見。

この本ではこの種ふたつ出てるんですが、一見するとまったく別の姿で
同じ鉱物種とは思えない。
さらにそのうちのひとつの説明を読むと、ツヤツヤした6角柱状の結晶が、
放射状にツンツン突き出して球体になっている、この様子を
棒状のアンテナがついた世界初の人工衛星スプートニク1号になぞらえ、
「スプートニク」とよぶことも、あるんだとか。

実際に本をみていただくと、きれいなもの好きなかたには
たまらないんじゃないかな。

自然美・・・人も、自然の一部だから、そんなふうな『気』をまとえるようになるといいですね。

**

この一週間くらいは自己の安定のために意識的にブレスレットしてました。
ちなみにお世話になったのはクリソコラとガーネット。
地球の石とグラウンディング(大地に根をはって天空へ手を伸ばす)のための石。

まさかこんなに石たちとかかわるようになるとはあのころは思ってなかったけれど、
わたしにとっては人とのかかわりと同じだった、だから、自分の物語にも
石が必要だったのかもしれない。具体的にはちょっぴりですが、石と、物語の彼らとに
結びつきを感じながら書いていました。

そんなところも含めてもし読んでいただけたら・・・幸いです。
(文芸社発行の『君はそれ以上~出逢い』)

しばらく本は買わんめえと思っていたのに珍しく新聞広告でツボにはまって
(←兆候はあった)只今注文中

読んで、記事にできたらと思っています。

かなり冷え込んで雪のところなども多いとききます。
節電もからだに無理のないよう、できるだけあたたかくしておすごしくださいね。

黛まどかさん

俳人の黛まどかさん。

お名前を知ったのは、ずいぶん前、かな?
たぶん、文章を綴るにあたって何か道しるべのようなものがあったほうが、
と考えていろんなことを調べていたのだと思います。
その足跡が、昔の手帖にあった。其処にメモしていたある本。

それがまどかさんとの、最初のつながり。

どうしてメモしたのかよく憶えていないのですが、お名前の

“まゆずみ まどか”さんって、響きがきれいだと思いませんか?

メモした時点ではどんなかたか知らなかったのでは??

時が経ち、初めての出版が決まったころにものすごく本を読みたくなって、
ただ、しばらく五感がちぐはぐな余波ものこっていたのでちょっぴり不安もあり・・・
そこで思い出したのがまどかさんの本でした。

文字を書くのもパソコンをさわるのも、今よりずっとえっちらおっちらで。
インターネットで本の申し込みしたの、あれが始めだったっけ?

在庫ないかも、でようやく手にしたからとても嬉しかったですね。

言葉つながりはあるとはいえ、すごいかたなんだな、と分かってからも
恐れ多くも完全にミーハー根性全開でございまして。
俳句のことも勉強できずにいるのに、代表をされていた
「月刊ヘップバーン」の会誌を時々いただいたりしてました。

句集やエッセイを何冊か購入して、写真でお姿を拝見したときには
想像していた通りだなあと感激、その後、テレビで動き、話してらっしゃる
まどかさんを実際に目にして・・・

「嗚呼、こんなことってあるんだ」

というくらいの衝撃を受けました。

そんなことよくあるよ、という人がいらっしゃるかもしれませんが、
全く知らない人で、断片的な情報のみから像を形成してほぼその通り、というのは
私にはごくまれなのです。
まどかさんの場合は、声や話し方。お会いしたこともないのに、すでに
知っている感覚なんですね。何故なのか分からないけれど。

申し訳ないくらい、いまだに俳句のこともわからずにいますが、それでも
まどかさんの本を拝見すると・・・独特の気配、というか人のぬくもりとか匂い、
香りや色彩のようなものが感じられます。
此処までのものを感じさせる作風のようなものは、私にはまだまだなんだろうな。

美しいひと、という印象は変わらないままです。

分野としての接点などはないように思えますが・・・
まどかさんとの出逢いで、なんだろう・・・ひとつ何かがすとんと軽くなった、
こういうのは「憑物が落ちた」で良いのでしょうか??
・・・何かそういう感じもあったかも。

私のなかではほんのちょっと、かかわりに近いものとして
オードリー・ヘップバーンと、英彦山があります。
ヘップバーンはかなり別格なひとで、英彦山はまどかさんが俳人、杉田久女の
足跡をたどったときに登った山です。

神様の山。。。

俳句との接点は探れぬままですが、ことばの奥深く彷徨い歩く
旅人の道のりは続きますので此処はお許しくださいませ。

黛まどかさま

以上、楪のつぶやき(笑)

直に俳句とかかわりはないけれど、まどかさんや「月刊ヘップバーン」のおかげで
ある種の生まれ変わりのような自己発見もいっぱいあったんですね。

きっかけをくれたまどかさんの本は、私の一生の宝です。

『ここにあなたのいる不思議』

まどかさんに感謝します。


楪蒼朋(ゆずりは そうほう)

ちいさな倖せ

師走です☆

この時期になると、お掃除や片付けが気になるかた、または実際に
どどーっと取りかかるかたもおられると思います。

思い切りは大事ですね、たしかに。

最近(?)はこれらの多くの効用を語るかた、本も増えてきました。
よく知られているのは「断捨離」かな?

わたしはこれ・・・ほぼどっかん!(大きくけつまずくこと:わたくし語)
・・・です、はい。

そうできればいいな、とは思うけれどへたすると
プレッシャーになりすぎて、落ち込みがはげしくなってしまうので。

性格的に完璧じゃないとダメ、みたいになっちゃって
動けなくなる人もいるんだろうな。

精神にもたらす効用というのは分かる気がします。
ただ、わたしも相当に時間を要してからそう感じてるから
なかなかすぱっと割り切れるものではない、と思いますね。

特に人間関係。

明らかに誠実さに欠けた問題行動でもあれば対処を考えることも
必要ですが、多くの場合はそこに人情もからむし相手のあることだから・・・
簡単にはいかないと思うのです。

利害だけで切ることができる人もいるだろうけど。

自然消滅とはちがうし、距離を置くというのも異なる。

わたしもずいぶん悩むことがあります。
自分の事情、相手の事情、話したほうがいいかな、迷惑かな、
いましんどいかな、無理してでも聞いたほうがいい?

・・・人によってはやめりゃいいじゃん、という意見かもしれない。
自己満足だといわれるかもしれない。でも・・・

相手がいやなら仕方ないとしても、
「100か0か」なんてできないよ、わたし。

大切なことはしっかりと見極めたいから、
じっくり時間をかけたいのです。

なので、片付けもちょっとずつ。
そうすることで心が少しずつほどけてきた感じです。

瀬戸内寂聴さんは、何でも捨てなさいというけれど、物のない時代に
育った者としてはうかつに捨ててしまえませんとおっしゃるし、
下重暁子さんは、人の持つ、ものへの「思い」に価値があると言われます。

物理的なものであればさっと捨てられても、
ものに「思い」がこもっていれば、そうそう捨てられないですよね。
何かの記念に買った、とかもらった、とか。
手作りのもの、贈られたもの・・・

ともだちが言っていました、
「何を贈られたかより、誰から贈られたか」
だと。

たとえば手紙や葉書、カードなどでも
大切な相手から贈られたものであるなら。

人が見ればただの紙束でも
その人にとってはかけがえのない宝物なのです。

前に、漢字の成り立ちの話をしましたが、
「幸」という漢字のルーツは、奴隷制度がまかり通っていた時代のことを
もとにしているのだそうです。
形から誰が見ても意味合いが分かるようにすると・・・
その意は拘束・服従・暴力・虐待などでがんじがらめにされる、
つまりそのような状態にないことが何よりである、ということ。

根本は意識していませんが、そこに「人」のついた
「倖」という字を書いてみました。

はっきりとイエスかノーかを決めなくてはならないこともある、
けれど人の意識の大半はその間の部分で揺れている・・・

人として幸せであるように

動くことができたり、大切なものをたいせつ、と感じることができたり。

そんなしあわせをかみしめて、生きてゆきたいです。

「潔いことばかりが良いのではないのです」
苦しみながらも続けていくことに「大丈夫」といってもらえた気がして、
本屋さんでみつけたこの言葉に泣きそうになりました・・・・・・

« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »