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2011年10月

キズがあるから面白い

近頃はあまり遅くまで起きていないけれど、たまたまついてたチャンネルで、安全地帯の話があっていた。

私は特にファンというのではなく・・・ただ、歌うまいなとか曲いいなとかは思っていた。
玉置さんの、あのかみつくような歌い方も独特やし(笑)
→ちなみにこういう印象の歌い手さんはもうひとりおりまして。
こちらは一応ファンですんでおこらないで~!のチャゲアスの飛鳥さん(汗)

井上陽水さんがらみでも気にはなっていました。

ソロ活動されてる玉置さんをドラマなどでは拝見してましたが、しばらく姿みなかったなあ、と思っていたら闘病生活されてたんですね。。。

精神面でかなりきついところまでいってらしたそうで、聞いていてふっと自身のことを重ねていました。もちろん、職業や立場は全然ちがうのだけど、人間であることは共通なわけで。
弱っているときほど支えやよりどころって、やはり必要なんですよね。
一歩間違うと毒のほうに目がいってしまいそうですが・・・薬になる人、もの、
誰かがさしのべる手が、重要になる。

玉置さんには安全地帯のメンバーがいて、音楽があった。
陽水さんからも、声をかけられたのだそうです。
それも、ほんとうにさりげなく。

人の持つ役割は、社会や仕事での面でもあるけれど、
本質的にいちばん大事なのは、身近な誰かや大切な人、いまここにある相手~たとえば、メールやネットで接する人、目の前の友人などにその瞬間、きちんと心が向けられているか、ということではないでしょうか。
日常の大半はそうしたことの積み重ねです。
それによって人間同士のかかわりが深まれば、別の意味での大きな流れも生まれてくる。

生きていればいいことばかりではなく、イヤな出来事にも遭遇します。
でも、それはたぶん誰の身にも起こることで、循環もあるのだと思います。
自分がつらいとき助けてくれたひとは、きっと、以前に同じような、もしくは
それ以上のつらさを体験したひとです。
だから、つらいひとに寄り添える。

特別なことは何もできなくても、心を添わせる、感じ取るだけでも
心強いこともあるのです。

人は誰でも多かれ少なかれ何かを背負って生きている、といいます。
それを見せずに、認めずに生きることも一つの方法かもしれませんが・・・
かえって生きる範囲をせばめてしまう、出会えるかもしれない人の数を減らしてしまうのではないかな、という気がしています。

人付き合いが得意ではなく、友人も多いとはいえないけど、自分なりの手法で人とのかかわりをあきらめないし、数はともかく、知り合う相手はさまざまで、密度が濃いな・・・と感じています。

玉置さんは言いました。
「なんにもしょわずにいるのも、それはそれでいい。でも、しょってるものがあるから人生は面白いんじゃないか、無駄なことや意味のないことって、人生にはないんだよね」
(そのままは記憶あいまいですが、そうした内容のことをおっしゃってました)

この言葉、そして、安全地帯が再始動されてから発表した曲をきいて・・・
すごく、感じるところがありました。
ちゃんと憶えていないから、再び聴く機会があるかわからないけど、
『蒼いバラ』と『オレンジ』。。。。

色彩(いろ)が、響くんです。
殊にオレンジはとても大切な、いのちにまつわる貴重な色彩になっているから。

痛いくらいに・・・だけどそれは、生きてるから、だよね。

かなし の 情 <弐>

「かなし」、をあらわす漢字の「哀」。

こちらは「衣」という字の間に「口」がはさまっており、
衣で口を隠して悲嘆に暮れる姿なのだとか。
どのようなときにこうした表情になるでしょうか・・・

意味するところは思いを胸中に抑えてむせぶ、とのこと。

語源を知っていた訳ではありませんが、読みであるとか、漢字のもつ
雰囲気やかたちなどからばくぜんと、自分なりの用い方は考えていました。

私自身は、「哀」をみつめていると、
深く突き刺さってくる感じがあって。。。

生きていく以上、そうした感情もしらなくては
人間としての成長の幅も広がらないのでしょうね。

文字の成り立ちからみると、先の「悲」は他人に悟られるほど表面に
表れるかなしみ、一方、「哀」は誰にも知られまいと胸中に抑えたかなしみ、
となるようです。

引用ということでかたかたと文字にしていますが、感覚的には分かっても、
文章にしようとするとここまでの言葉が出てくるかな・・・と思いつつ。
それでも、できるかぎり借りものじゃなく、自分の言葉で、
より情感にちかいものを探して素直な気持ちをあらわしてゆけたらいいですね。

*もうひとつの「かなし」*

こうして見ていくと、古代日本人は感情の機微にとても敏感だったのだな、と
あらためて思います。だからこそ、すぐれた作品が数多くあらわされたともいえますし。

「かなし」のお話は何かのおりにふれたかもしれませんが・・・
ここでもありました、漢字の「愛し」。現代ではなじみがうすいけれど、
「常用漢字表外音訓」とはいえ「かなし」、なのです。

お読みになっていただければ一番良いのですが、私の言葉ではどれだけ伝わるか
不明なので、原文をそのまま引きます。
日々の暮らしのなかでふと立ち止まって、心を見つめる一助になれば幸いです。

「いとしさ」と「かなしさ」は不即不離の関係です。愛しているからこその、せつなさ、かなしさ。そんな心を締めつけるかなしいほどのいとしさは、「愛し」と書いてこそ表現できるように思えます。

★記事引用の一冊 『漢字の気持ち』 高橋政巳 伊東ひとみ 著(新潮文庫)

★秋の夜長に 『君はそれ以上~出逢い』 楪蒼朋 著(文芸社)
 

  10月のカレンダーを見ると 時季の花にシオンとあり
  彼ら~異次元に生きる者たちのことが 頭をかすめた

  人は日々 何かと闘うことを宿命づけられる
  根本にあるのは 自己との葛藤なのだろう

  救いは容易にもたらされるものではない それでも
  絶望するにはまだ 早すぎる

  そらが白む その直前が最も暗いのだという
  たとえ闇に閉ざされる時間が永いのだとしても
  光の微笑みが降りる そのときを待つ

かなし の 情 <壱>

感情表現としての言葉にはいろんなものがありますが・・・

たとえば、「さびしい」とか、「かなしい」。

言語としてこれらの文字たちであらわすことには共通するものの、
そこに含まれる情景というのは、人によって、または状況によって
違いますよね。

そして、文章を書かれるかたが時折話されている、もしくは記事などで
書かれていること。

「言葉そのものを用いず、どうしたらその情景を描きだせるか考える」

つまり、「さびしい」とはどういうことか、どのような状況から
導き出される感情なのか、表現法を試みてみる。

こうしたことは、敬愛する作家さんのエッセイなどでもよく見かけていて
その都度、「たしかにそうかも・・・」と思いながら、
情景描写に関してはかなり苦労している身である。・・・おそらく、経験値が
低い・・・そもそも内面のものを出すこと自体、相当な苦痛をもたらすのであるが、
それを文章なり文体なりで構築するのはきわめて難儀なものである。

・・・といって、それを放棄してしまえば人間やめなきゃならん?
とさえ思ってしまう・・・

ちゃんとアタマとかココロとか、口や手といったカラダがあるのだし。

さて、ここで言葉の語源、意味合いのようなものを見てみよう。
ある書物から引く。

やまとことばの「かなし」、意味から用いられる「悲」と「哀」の表記。

あなたは文字にするとき、どちらの表記をえらんでいますか?

「悲」は、羽が左右反対に開いた「非」の形から両方に「割れる」という意が
あるそうです。
・・・いかがですか?すごく痛々しい感じがしませんか?

書物によれば、そこから胸が裂けるようにせつない感じを表す、とあります。

では、「哀」は・・・

じっくりコトコト(ひらがなで「ことこと」から変換しようとすると分割されて漢字に
なっちゃった・・・みてるうちに「とことこ」になりそう・・・)、ではないですが、

ちょっとひといき入れましょう。←脳みそがオーバーヒート気味

次の記事に続きを書くことにします。

天守物語

題名からしていろんなことを想起する作品。

・・・何から入ったんだっけ?・・・ああ、作家さんがらみで文学賞のことから
引っかかったんだ。

泉鏡花を読んでみようと思ったのはいいが、口語、ではなかったので
それはそれとしておおまかに読んで、世界観はもわっと浸透してきたのでは、と。

生粋の鏡花好きのかた、御免なさい(汗)

文学のサイトも昔?ちらっと見たのですが、泉鏡花って人物としては
すごく関心あるんです。・・・というか、もうちょいきちんと知りたい、かな??

天守物語は幻想的・・・いえ、鏡花文学ってそういう側面有してますが、
仮に映像としても舞台としても、独特の世界できるんじゃないかと思うのです。

たしか映画にもなってる、かな?

現実に生きてる自分でもたまにふ・・・っと何処か次元のはざまに
引っかかってる、踏み込んだような感覚になるのでこの作品世界というのも、
手をのばせば入りこんでしまえるように感じて・・・

ここに書いているのは実は、お芝居の案内を見たからなのですが。

しかも精神面で?私が追っかけ(笑)やってる篠井英介さんが出演されている。

「観たいんだがなあ。。。。」

演出が白井晃さんで、江波杏子さん出てらしたり・・・
興味深い作品であることに間違いはなく。

すでに行くと決めてらっしゃるかたもいるかと存じますが、少々ご案内を。

『天守物語』 11月5日(土)~11月20日(日)
         新国立劇場 中劇場

出演者やタイムテーブルその他の詳細は、公演チケット取り扱い窓口や
チケット販売サイトなどでご確認ください。

演出によっても雰囲気変わるんだろうな・・・

篠井さーん、応援してます~♪←ミーハー全開(爆)

そうそう、泉鏡花といえばあやしの世界、ということで
鏡花論を書いている人の本を買って持っているのですが

「難読漢字多し」←いや、単に読み手が阿呆なだけ、か

という訳でまるっきり進まない現状。
でもなあ、ザセツして手放した本も多いなか、この本はわりと
風情があって好きなんで・・・置いてある。

・・・著者とのたたかいだな、こりゃ。

★発売中の既刊
 『君はそれ以上~出逢い』(文芸社)   http://www.bungeisha.co.jp

全国の書店にて取り寄せ可能、アマゾン、楽天などネット書店においても販売展開中
 

2011年から2012年への橋渡し

郵便局でのひとこま。

頼まれ事で払い込みを済ますと、「年賀状案内」を
局員さんがくれた。

・・・あ、もうそんな時季なんだ・・・

発売は11月からだけど、予約受付をしてるんだね。

近年は年賀はがき出さない人も増えてるし、
印刷でも郵便局通さない場合があるからな・・・

以前は知人に局の関係の人がいて、ノルマの貢献に(?)
はがき注文したりもしてたっけ。

昨年(正確には本年ぶん)からちょっとばかし方針かえたんで
さて、今年(つまり来年)は??

じっくり考えたいのだけど、ばたばたしだすと抜けが生じないか・・・

うーん、早めに取りかかる?

印刷なんかは早割とかあるからそのへんもちょっと気になるし。

カタログらしきものを見てはたと。

「ありゃ?来年って辰年なんか。。。忘れちょった」

…年男一名。
近頃、龍神さん、水神さん、縁ありそうで。
飛翔する年になるといいね。

印刷色としては・・・赤とか金色とかもきれいだけど・・・
文字メインか絵柄メインか・・・
迷うぞー!!(叫)

・・・ふう。

これ書いてる間に郵便物とってきたら、なんと!

前に印刷お願いしたとこから案内届いとりました(汗)

できるだけていねいに書きたいから、
すこしずつ準備はじめよっかなあ

ひんやりした感じがしてきています。
風邪やインフルエンザの季節になります。
秋の植物に反応する花粉症のかたもおられるでしょう。
気ぜわしさもじわりとくる時期にかかっていきますが、
どうぞお身体を大切になさってくださいね。

一日一日をたしかめるように
ひと月またひと月と 課題を乗り越えられるように

来年に向かって着実に
一歩一歩進んでゆく

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