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2011年7月

・・・原点に還ると?

メールの扱い、またはパソコンなどの電子機器に慣れている人にとっては何てこともない、のでしょうが・・・アナログ式回転な生き物としてはたまにこの速度に疲れる訳でして(汗)

文字の変換とかはラクかな~と思ったりもするんだけど、考える間もなく候補がどばっときたりすると、意味どれだっけ??とパニックになることも。。。
・・・ま、たいていの場合はみんな機械的に手動かしてるんでしょうけどね。
私ゃ脳みそと手が連動しにくいのどす~~(涙)

手書きの場合の「手で考える」という説が、最近になって実感できるようになってきたかも・・・?

さらに。

近頃、筆記で漢字があやしくなってきている。
・・・いや、そんなに頻繁にはないが、書いてから「ん?」と一瞬、疑問がわくこともあるし、書こうとしてぼや~となり、瞬間的に漢字が消えてしまうこともある。
これって自分としちゃ由々しき事態なのだ。・・・ボケてる(凍)

ある程度は書けていて、8か9割くらいは間違えてないんだけど、残り。。。
すぐ思い出せるように脳みそ刺激しとかないと!!

そこまで考えない人も多いかなと思いますが、書く段階で漢字の成り立ちみたいなのを思い浮かべて意味を考え、文章の流れをつかんでいったほうがいいような気がします。
そうしてると話すときの中身もより真実味、というか説得力出てくるように思うし。

・・・そのほうが、身につきやすいんじゃないかな。
(イメージ的には土に根付いた植物、といった感じ。。。)

個人的にはおたよりをあちこち書かなくては、と思っている時季なので、
この空間と時間、大事にしようと思ってます。

「だっしゅー」して「こけっ」→「ばたー」を繰り返してる昨今ですが、
文字書く意欲は持っていてちょっと安心∞∞

時差はいつものことですが、ぼちぼち書きますので
友人・知人のみなさま、待っててください~~!

*お芝居メモ*
  演劇集団キャラメルボックスのサマーツアー面白そうなんだけど・・・
  以降の予定その他を考慮するとちょっと無理かなあ
  行かれるかた、楽しんできてくださいね♪
  もしよろしければ感想なぞお聞かせください。

  『降りそそぐ百万粒の雨さえも』
  タイトルからしてすごく気になるし、なんといっても時代劇!
  特に新選組にこだわりがある訳じゃないけど、
  こうした作品によわいんだよな。。。

だから優しく、と空が言う

翼があったら空を飛べる

風を感じながら・・・

天へ手を伸ばす

・・・ウルトラマンだったら?

そんな思いを抱いた日々

**

梅雨が明けて、ぐんと暑さがましてきました。
いろいろとやらなくては、と思いながら落ち着きがなく、そちらを取り戻してくると
この暑さで無理がきかず。

時には耐えることもあり、ですが何より無茶はよくありません。
熱中症や冷房病は大変だし、風邪などひいてもだるさが残ります。
どうか御身をおいといくださいね。

**

『だから優しく、と空が言う』 中島未月/文  HABU/写真

この本のことを知ったのはつい最近。
長時間PCを扱えないのでなかなかいろんなページに行けなくて、環境見直してからずいぶん久しぶりに未月さんのページにおじゃましました。
発行されたのが二年くらい前・・・そのころ精神的にまいっていてどうしようって思ってたなあ、とぽつぽつ記憶がよみがえってたら涙がぼろぼろこぼれて・・・
それからすぐに本屋さんへ電話をしたのでした。

空って、ひろくてふかくて、・・・子供じみてるけど、おっきな愛にだっこされてる感じかな。
小さなころの感覚でいえばとっても遠いって思ってたけど、物理的にはともかく、いまは少し近付いた気がします。昔ともだちにいわれた言葉で人と人も結んでくれる、さりげなく包んでくれる存在なんだな、と感じました。
そうして・・・未月さんの本に出会うときはいつも、涙がつきものになるのです。
今度もやられちゃいました(笑)

この前ちらっと三谷幸喜さん、だったかな?記事で読んだのですが「自分はハートウオーミングを書くと思われているが実はシニカル」だと。
いつのころからそう感じ始めたのかわかりませんが、私自身、これと似た部分があるので理解できるように思います。
「泣き」と「笑い」は対極にあるけれど、これは片方のみでは成立しないんですね。
人間の感情。「笑い」だけだとだんだん、何に対してその感情が動くのかわからなくなるし、「泣き」に傾くとしだいにバランスをとるために逆の感情を求めるようになる。

ある時期、感覚は「泣いて」いるのに涙すら出なくなって苦しかったことがあります。
そのときに思い出したのは、「泣く」のはエネルギーが要るし、そしてその後、エネルギーをくれる、ということ。「浄化が必要なんだよ」と言ってくれるひともいました。
だから私が「泣く」ときは・・・きっと、そこからステップアップする段階に来ているのでしょうね。・・・うまくいってると、いいですが・・・

人の支え、本の助け、さまざまなものに抱かれて
少しずつ、着実に、歩いてゆきたい

すこしでも 優しくなれるように

“空と海の 交わるところ

 心でしか ふれられない 場所があり”

 『だから優しく、と空が言う』より

逢いたいひとがいること

「手紙を書きたいひとがいるって、幸せなことだね」
あるとき、友人からもらった言葉です。

これだけ文明の利器が発達した世の中で、手紙はある種やっかいだなと思われるかもしれない・・・書いてもいいかな、と迷いが生じるとき、この言葉を思い出します。
ふだん会っている、ひんぱんにやりとりしていても伝えられない想いや言葉って誰にでもありますよね。・・・まして、私はといえば・・・すぐに言葉を引っ込めてしまいそうになる。
それが自分にとって大切なひとならなおさら。

「手紙」を書くようになって、痛感したことがあります。
私にとってその相手は、とても大切な存在、できることなら末長くともに歩きたい、
逢いたいひとである、ということ。

・・・大切であるが故に行き違いが生じたり、うまく想いが伝わらなくて、ひどい言葉を投げつけてしまうこともある。
映画「わさお」を観ていて・・・自分自身に置き換えてみたりしました。
主人公の男の子が、大好きなお母さんが事故にあったのは飼っていた仔犬のせい・・・
そう叫んだのをみたときはすごくつらかったです。
きっと、本気じゃなかった、だけど混乱して、どこかに思いをぶつけたかったんだと・・・

その日から、のちに「わさお」と呼ばれることになる仔犬の、ながい旅がはじまるのです。

「わさお」も、その子のことが大好きでした。
だから・・・離れてしまっても、忘れずに、遠くから見守っていました。

近すぎるから衝突したり、遠いからみえることがあったり。
大切な存在との関係を育んでいくのは容易ではありません。
でも・・・いろんなことが起きても、何があってもこわしたくないかかわりって、じたばたするだけの甲斐があるような気がするのです。・・・そんなに数多くはないかもしれない、けれどほんとうに「宝物」のような輝きをもつもの・・・思いのつよさで乗り越えてゆけることも、あるんじゃないかな。

気持ちとしては大切な存在とずっといっしょにいたい、と思うのでしょう。
ただそれは無理なことだと、みんなどこかでわかっている。
・・・男の子は、「わさお」がいなくなって、今度はお母さんが帰ってこないかもしれない、と恐れる。
私も・・・これまでに何度か、そう思ったことがあります。
そんな恐れを、大切な存在に気付いたり、手にしてしまったひとなら誰もがいだくでしょう。
もしそれが死別であるとしたら・・・自分が先に逝ってしまいたい、と思うかもしれません。

死後の世界って、なんにもない、とも、ちゃんとある、ともききます。

どっちかわかんないけど、私は器(からだ)は死んでなくなっても、魂(こころ)は生きて存在し続けるんじゃないだろうか、と漠然と感じています。・・・怖くないぞーとは、生涯言い切れないだろうけど(汗)

ずっといっしょにいられなかったり、離れなくてはならなくなったり、生きてるうちにもさまざまなことがあるでしょう。もちろん、自分のなかでも試されることが山ほど。
・・・全然りっぱじゃないけど、人間らしく生きて・・・自己を見つめつつ、大切な存在を見守ることができたら・・・ものすごく幸せなことなんじゃないかなあ、なんて「わさお」や、そこに生きるひとたちを観ながら思ってました。

考えてみたら『僕のたからもの』を書いたころって、あしたどうなってるかわからないって恐怖をかかえたまま、逢いたいひとがいた(そのときは無意識だとしても)から必死だったんだね。。。。

『僕のたからもの』 楪蒼朋 www.amazon.co.jp

願わくば あなたが大切なひとと
より多くの時間を分かち合えるように

。。。。そう祈りながら、私は再びペンを取る

“僕の声が君に 届くといいな 僕の君に 届きますように”
~僕の宝物 より 歌:薬師丸ひろ子

愛しいひとの笑顔が 闇のなかの私を連れ出した
おぼつかない歩みだけど この地球(ほし)の上で
出逢えたことが 何より しあわせ

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