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発語する、ということ

珍しく広告が気になって、『英国王のスピーチ』を観てきました。

今回はパンフレット買わなかったので、記憶の範囲とこちらの解釈で書きますが。
すでにご存じの通り、この作品は実話がベースになっています。
国王ですから、当然、国民に向けての言葉を語らなくてはならない立場。ここで問題になるのはその「スピーチ」のためにあることを克服しなくてはならなくなった王族のかた。
先天的ではないものの、彼には「吃音」があったのです。

言葉を発するというのは、ふだん何気なく行っているようですが、「言葉を覚える」というように、最初は言語ではないのですね、赤ちゃんは音声を発するところから始まる。
発達段階でも場合によっては差が出ます。早いか遅いか、のみならず、何らかの障害が生じることもあります。

子供であれ大人であれ、精神的なショックが原因で言葉をうしなうこともありますよね。

やがて王となる(当初は確定していた訳ではないが)彼は、父の言葉や妻の働きかけでスピーチのための猛特訓を受けることになります。ここで登場するのが、とある言語療法士。
・・・相当に型破りな御仁です(笑)何せ相手が相手だけに普通だったらうかつなことできないよな、と思うのですが、この御仁そういったことはおかまいなし。いえ、めちゃくちゃやるんじゃないんです。あくまでも「ここの」、自分のルールにのっとって治療を受けてもらう、というもの。しかし王族である彼は彼で、プライドもあり、療法士との身分の違いなどもあるため簡単にはいかない。治療を受けるまでにも二転三転あり、受け始めてからも、今度はその段階に達したために起こるさまざまな壁が。

物語のなかの出来事は「民間人」であるとあまり考えないことかもしれないけれど、人間対人間の単位でとらえると、すごく普通の情景なんですね。家族や友人、職場における人間関係とか、「話し上手」・「聞き上手」といったその関係の築き方。
物事にはすべて最初があって、始めからうまくいくものじゃない。特に人間同士にはそれぞれの立場や思い、価値観があって、全部同じではないから当然、衝突することや違和感もある。でも、どんな状況であってもある程度の摩擦を通らないとまともに進むことってないんじゃないかな。一定の関係性ができあがるにはね。

そうして、本当に相手との関係を心から願うのであれば、自分の感覚を鍛えて、修練を積んで、ものすごく努力しなきゃいけない、と思います。相手から受け取るものがあるなら、自分からは何を贈れるのか、相手の心に寄り添い、自分には何ができるか、投げかけがあったとき、こちらの思いをどう伝えるか・・・
どこかで見たか、読んだかしましたが、家族という単位があるからと安心していてはいけない、と。それは、すでにできあがっているのではなく、それぞれが努めて育んでいくものなのだと・・・友人や知人も同じ。常に「動き」、「生きている」もの。早くそのことに気付いている人もいるかもしれませんが、私自身は、近年痛感・・・・・・

時として言葉は刃になるし、それを受けることもあるから、しゃべらずにいたほうがいい、しゃべりたくない、と思うことや、いちいち言わなくても分かれよ、とか一回でうまくいかないなら面倒くさい、とか思うこともあるでしょう。だけど、たぶん・・・「言わなきゃ分からない」ことって、いっぱいあるのです。通じるかどうか、も大事だけど言わなかったことで伝えられなかったばかりでなく、思わぬ誤解が生じてしまうことだってあるのだから。

黙っていても伝わることっていうのは、そこに至るまでのプロセスを、充分に踏んだ上でのこと。・・・積み重ね、ですね。そのくらいしないと良き間柄は育たない。

身分や立場は違っても、互いに傷を負った二人の交流。
映画館での上映はいつまでかわからないけれど、機会がありましたらぜひごらんになってください。とても人間くさくて、会話がばんばん面白い。見ようによっては子供のケンカみたいです(微笑)

☆余談其の壱:ソフトバンクホークスの山田投手が、きのう初完封。プロ野球の場合、一人で投げ切ることも少なく、まして相手に点をやらずに終えることはかなり難しいように思う。
ちなみに山田投手は育成出身の選手(知られているドラフト獲得枠とは異なるらしい)とのこと。なんとなく気になり、応援しているので嬉しい。

☆余談其の弐:2010年からお世話になっているセラピストさんからハート型のアメシストをいただいた。色合いが微妙で透明度が高い。水晶系が苦手だったときは思いもよらなかったけれど、いまはかなりなじんでいる。鉱物も自然から生まれたもので、人もその一部だから、波動もからんでいるのかな?説明のつかない、けれど「確かに」ある感覚の大切さを教わっている日々。

かかわるすべてのかたへ ∞∞感謝∞∞

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