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2011年5月

雑多な波動が渦巻く世界で

正気を保つことが 時折
すさまじくむつかしいと 思える

ほんとうに 光や音のない世界に
なってしまうのは怖いけど
それらはあまりにも おかまいなく
放出されていて
聴かなくてはいけない音や
聴きたい声が きこえなくなり
察知できるはずの気配を
とらえられなくなっているように

感じる ときがある

自分自身の 内なる声は
きこえますか?

愛するひとの 声を
しっかり 受けとめることは
できますか?

『 Poco a Poco 』

・・・久しく忘れていた感覚が呼び起こされた。
「ああ、こういうこと、一生懸命勉強して、覚えてたことがあったなあ」

受験のため、とかもあったけど、純粋に音楽好きで、いろんなことが入ってくるのがたのしかったことがありました。
学校以外に友達というか、仲間みたいな人たちがいて・・・

確認のため、「よっこいしょ」、と楽典を取り出してみると
[poco a poco]は、「速度標語に付加する言葉」とあり、

意味:少しずつ

“・・・がんばりすぎて、ないかな?”

どうしてもがんばんなきゃいけないときってあるけど、息を吸ったり吐いたり、と同じで、片方だけに偏っちゃうとバランス取れなくて倒れてしまうから。
時々「休む」、という選択をすることは、自分のためだけでなく、まわりの人のためにもなるのです。
(たしか聖書にもこれと似た言葉があるのでは)


♪お芝居のご案内♪

NAO-TA!プロデュース vol.7
『 Poco a Poco 』

渡辺菜生子さん・TARAKOさんというと、声のお仕事が浮かぶ??
でも、なんだか楽しそうなお芝居です。
精神的にぐらぐらきてるころにこのお芝居のちらしをいただいて・・・
ホントにちょっぴり、てこてこ、一歩一歩だなあって思いました。

同タイトルのテーマ曲もあるようです。
演出は中尾隆聖さん。声のお仕事でもいろいろ記憶していますが、いまだと「ばいきんまん」が通じるのでしょうか??(それでもずれてる?ちっちゃい子がらみで最近、わかるようになったのですが)
出演はNAO-TA!のお二人と、小坂明子さん、倉本恵理さん、えー・・・
どこまで話せばいいかな?う~ん、田中利花さん!
公演最新情報は「NAO-TA!のブログ」をごらんください。

<公演日程・会場>
2011年6月21日(火)~26日(日)
テアトルBONBON

チケットは電子チケットぴあなどで取り扱っています。
じんわりとハートがあったかくなる作品ではないかな、と想像しております。
走りっぱなしにひと呼吸、はりつめた暮らしに一服、いかがですか?

・・・音楽用語というのも、時折、ささやかだけど大切なことを思い出させてくれます。


震災関連(日経新聞5月21日夕刊より)
“元気をおくるアロマ隊実行委員会の趣旨にご賛同いただける方々に募金をお願いします”

実行委員会の関連ページから、設立趣旨や活動内容について知ることができます。
<受付口座>
◎ゆうちょ銀行振替口座 00100-1-789791
  口座名:元気をおくるアロマ隊実行委員会
  ※他行等からお振込の場合:店名 019 当座 0789791
銀行口座の受付もございます。
詳細は実行委員会のページにてご確認ください。

発語する、ということ

珍しく広告が気になって、『英国王のスピーチ』を観てきました。

今回はパンフレット買わなかったので、記憶の範囲とこちらの解釈で書きますが。
すでにご存じの通り、この作品は実話がベースになっています。
国王ですから、当然、国民に向けての言葉を語らなくてはならない立場。ここで問題になるのはその「スピーチ」のためにあることを克服しなくてはならなくなった王族のかた。
先天的ではないものの、彼には「吃音」があったのです。

言葉を発するというのは、ふだん何気なく行っているようですが、「言葉を覚える」というように、最初は言語ではないのですね、赤ちゃんは音声を発するところから始まる。
発達段階でも場合によっては差が出ます。早いか遅いか、のみならず、何らかの障害が生じることもあります。

子供であれ大人であれ、精神的なショックが原因で言葉をうしなうこともありますよね。

やがて王となる(当初は確定していた訳ではないが)彼は、父の言葉や妻の働きかけでスピーチのための猛特訓を受けることになります。ここで登場するのが、とある言語療法士。
・・・相当に型破りな御仁です(笑)何せ相手が相手だけに普通だったらうかつなことできないよな、と思うのですが、この御仁そういったことはおかまいなし。いえ、めちゃくちゃやるんじゃないんです。あくまでも「ここの」、自分のルールにのっとって治療を受けてもらう、というもの。しかし王族である彼は彼で、プライドもあり、療法士との身分の違いなどもあるため簡単にはいかない。治療を受けるまでにも二転三転あり、受け始めてからも、今度はその段階に達したために起こるさまざまな壁が。

物語のなかの出来事は「民間人」であるとあまり考えないことかもしれないけれど、人間対人間の単位でとらえると、すごく普通の情景なんですね。家族や友人、職場における人間関係とか、「話し上手」・「聞き上手」といったその関係の築き方。
物事にはすべて最初があって、始めからうまくいくものじゃない。特に人間同士にはそれぞれの立場や思い、価値観があって、全部同じではないから当然、衝突することや違和感もある。でも、どんな状況であってもある程度の摩擦を通らないとまともに進むことってないんじゃないかな。一定の関係性ができあがるにはね。

そうして、本当に相手との関係を心から願うのであれば、自分の感覚を鍛えて、修練を積んで、ものすごく努力しなきゃいけない、と思います。相手から受け取るものがあるなら、自分からは何を贈れるのか、相手の心に寄り添い、自分には何ができるか、投げかけがあったとき、こちらの思いをどう伝えるか・・・
どこかで見たか、読んだかしましたが、家族という単位があるからと安心していてはいけない、と。それは、すでにできあがっているのではなく、それぞれが努めて育んでいくものなのだと・・・友人や知人も同じ。常に「動き」、「生きている」もの。早くそのことに気付いている人もいるかもしれませんが、私自身は、近年痛感・・・・・・

時として言葉は刃になるし、それを受けることもあるから、しゃべらずにいたほうがいい、しゃべりたくない、と思うことや、いちいち言わなくても分かれよ、とか一回でうまくいかないなら面倒くさい、とか思うこともあるでしょう。だけど、たぶん・・・「言わなきゃ分からない」ことって、いっぱいあるのです。通じるかどうか、も大事だけど言わなかったことで伝えられなかったばかりでなく、思わぬ誤解が生じてしまうことだってあるのだから。

黙っていても伝わることっていうのは、そこに至るまでのプロセスを、充分に踏んだ上でのこと。・・・積み重ね、ですね。そのくらいしないと良き間柄は育たない。

身分や立場は違っても、互いに傷を負った二人の交流。
映画館での上映はいつまでかわからないけれど、機会がありましたらぜひごらんになってください。とても人間くさくて、会話がばんばん面白い。見ようによっては子供のケンカみたいです(微笑)

☆余談其の壱:ソフトバンクホークスの山田投手が、きのう初完封。プロ野球の場合、一人で投げ切ることも少なく、まして相手に点をやらずに終えることはかなり難しいように思う。
ちなみに山田投手は育成出身の選手(知られているドラフト獲得枠とは異なるらしい)とのこと。なんとなく気になり、応援しているので嬉しい。

☆余談其の弐:2010年からお世話になっているセラピストさんからハート型のアメシストをいただいた。色合いが微妙で透明度が高い。水晶系が苦手だったときは思いもよらなかったけれど、いまはかなりなじんでいる。鉱物も自然から生まれたもので、人もその一部だから、波動もからんでいるのかな?説明のつかない、けれど「確かに」ある感覚の大切さを教わっている日々。

かかわるすべてのかたへ ∞∞感謝∞∞

“引っかかる”

雑誌はめったに読まないので通常、よく読むものの代表は新聞。
これも体調が悪かったりすると活字を追うのも億劫になる。

最近は有難いことにそこまでの症状にはならないので目を通すことはできる。
ところが、ちょっと困ったことが起きている。

なんとなく気が乗らない、落ち着かないなどの理由で、頭に入らないことは誰にでもあるだろう。もちろん、そんなときは私もあらためて読み直すか、調子が出ないと割り切ってそのままにするか、である。

では、何に困っているのか?
・・・といえば、たいてい読んでいる最中に「あ」と自分では察せられるのだが。
読みくだせない、のである。文章の途中、あるいは話題の特定の箇所にアンテナが反応してしまい、自分のなかでそれがぐるぐるまわりはじめるのだ。
どこかで納得していない、ともいえるし理解できずにいるのかもしれない。

こういうときの心理の根っこにあるのは、おそらく、ほぼ多数派に属せない(とおぼしき)者の「それ、ちょっと違うかな・・・」という思いだと推測する。
意見としてそれはありだとは思うけれど、そうじゃない人間もいるんじゃないかなあ。
・・・そんなところか。
まあ、記事とか話題とかの中心は傾向として強いもの、確率的に高いものになるから致し方ないのでしょうが、そこに入っていない、属していない、そうなれない「ひと」や「もの」のことをふと考えてしまう。たぶん、取材など詰めているのであれば相応の意見としてまとめられていると思いますが、いつの間にかそれが独り歩きをして「全部がそう」とか「そうあるべき」論調みたいになっちゃわなきゃいいが、と恐ろしくなったりして。

毎回これだとけっこう疲れます(苦笑)
しばらくの間はそこまでなかったんですが・・・なんでだろう??

新聞というのはホントにいろいろ勉強になるんで、気になる記事や言葉はメモしたり、切り抜きをしたりします。しかし最近は上記のような理由でちゃちゃっと進められないことも。

・・・で。
どう取り込むかまとまらないと新聞持ってうろうろ。おおよそ考えが組み立てられるまで積む、・・・さて、どうすっかな・・・(早いときなら翌日には対処しているが、あれやらこれやらはまってきたときには一週間以上経っている:その間、強烈に増えていないだけまだいいが)

そうこうしているうちに、久々の書物探険・・・
この時期必要なものとして選んで、かなりはしょったつもりだったのですが、予期せぬ偶然が重なって(!?)ばっさり冊数が増加。ある程度、収納スペースは浮かんでいるがどう読む・・・このあたりも調整しないと後が怖い(汗)
読みたい、でも、これやってそれからあれも・・・・・・

ああ、どおしよう~!!(泣)

英訳?すっと、「おーまいがあっ!」・・・てやつだね。。。

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