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2011年3月

生きて、ここにいる

募金情報
[中央共同募金会]
◎りそな銀行東京公務部 (普)0036576
  口座名:社会福祉法人 中央共同募金会
◎三菱東京UFJ銀行本店 (普)0031265
  口座名:社会福祉法人 中央共同募金会
◎三井住友銀行東京公務部 (普)0155400
  口座名:社会福祉法人 中央共同募金会災害口
◎ゆうちょ銀行 郵便振替口座 00170-6-518
  口座名:中央共同募金会 東北関東大震災義援金
*中央三井信託銀行 本店営業部(普)1457460
   社会福祉法人 中央共同募金会 災害義援金口
*農林中央金庫 本店(普)7250380
   社会福祉法人 中央共同募金会
[日本赤十字社]
◎ゆうちょ銀行 00140-8-507
  口座名:日本赤十字社 東北関東大震災義援金
[日本ユニセフ協会]
◎ゆうちょ銀行 00160-2-372895
  口座名:財団法人 日本ユニセフ協会
  ※通信欄に「東日本大震災」と明記のこと
[日本経済新聞]
救援募金受付 (問)日経ビルサービス「東日本巨大地震救援募金」係 
Tel:03・3270・0251
被曝対策情報
◎緊急被曝(ひばく)の医療研修のHP
 (原子力安全研究協会)
http://www.remnet.jp/lecture/index.html
◎放射線事故への保健所の対応関連HP・電話連絡先
 (全国保健所長会)
http://www.phcd.jp/osirase/houshasen_hokenjo_taiou_manu.pdf
◎健康危機管理支援ライブラリーシステム
 (国立保健医療科学院)
http://h-crisis.niph.go.jp/hcrisis/index.jsp
※上記HPで「地域における放射能事故発生時の対応に関する研究」と入力して検索

日本経済新聞に記載の情報をもとにしておりますが、こちらで確認の後、追加したものもあります。
内容の変動も考えられますので、より正確な情報を知りたい場合は関係各所の最新情報をチェックしてみてください。

∞∞∞∞

生命の誕生までにも
魂は幾重もの試練を越えてくるというけれど

何故生まれたのか
どうして生きているのか
自己の存在の非力さに打ちのめされるばかりで

それでも生きていたい
生きていようと思うのは

君に出逢わなければ
僕はここにはいられなかっただろう

自分の存在の重さもしらずにいた
君が生まれていてくれたことが
どんなに僕を救ったかしれない

君が何もしらなくても
僕はたくさんのものを受け取っている
どれほど言葉にしても尽くせぬくらい

僕が君にできることが
どのくらいあるのかわからないけれど
たよりない歩みでも精いっぱい
生きてゆこうと思っている

君の幸福を祈りながら
君が笑顔でいられるように

∞∞∞∞

<追記>
◎三菱東京UFJ銀行 六本木支店(普)0121081
 「財団法人全国里親会 大震災こども救援基金」

 

『一人ではない』

2011年3月18日の日経新聞文化欄より~神戸市在住の小説家・高嶋哲夫さんのお話から印象深い部分を転記させていただきます。

阪神・淡路大震災のときはモノに対する空しさを強く感じた。家は倒壊し、モノは壊れる。なにより心の支えとなったのは、人との絆を感じたときだ。
遠い地に住む忘れかけていた友人からの安否を気遣う電話に感動し、バス停で子供やお年寄りの手を取って先に乗せる、そんなささやかな行為にさえ胸が詰まった。

そしてそれは、今では世界的な広がりで伝わってくる。インターネットをのぞいてみると、こんな趣旨のメッセージが載っている。
「日本に知り合いはいないが、大変な衝撃を受けている。ニュースを見ているだけで悲しく、生きていることがどんなに幸運なのかと考えさせられる」

この声は、英国のかたのものです。ほかにも多くの声が

「日本人は勇気ある人々だ。常に自然の脅威と闘ってきた。彼らの信念と意志はどんなことがあっても挫かれはしない」
「日本とその品行正しい勤勉な人々を神が守ってくれますように。きっと打ち勝てるよ」
「あなたは一人じゃない。私たちが心を寄せ、そうして祈るから」

「涙が止まらない」

全文ではないので高嶋さんの想いが正確に届けられないかもしれませんが、阪神・淡路大震災を体験し、向き合い、乗り越えてきたかただからこそ語れる言葉もきっとあり・・・そのなかに私自身の、言葉にできない想いもこめながらここに書かせていただいています。

そう、僕も涙が止まらなくなった。
世界が日本の被災地を見守っている。驚くべき悲しみの前に唯一、心温まる思いだ。
地震は非情だ。揺れで人と建物を押しつぶし、生き残った人も裸で路上に放り出す。しかし、家族を亡くし、友人を亡くし、家や財産をなくした人も、生き続けなければならない。
でも、皆さんは一人ではない。日本中の目が、世界中の目が見守っている。どうか、勇気を持って生き続けてほしいと願う。

ふだんからパソコンに向かう時間を制約しながらでないと扱えず、報道の映像などからショック症状が発生したためインターネットからの情報を限られた部分でしか見られていませんでした。そんななかの、こうした声・・・日本という場処を、そこに生きる人々をこんなふうに見ていてくれたのか、そして、見ていてくれるのか・・・そう思うとただ記事を読んで、かみしめるだけではいけない気がしたのです。
阪神・淡路大震災のときも友人や知人と連絡が取れなくて不安な日々があった・・・
いまもそうです。だけど、もっとたくさんの人がさまざまな想いのなかで生きているから信じて待つしかない。どうか、みんなの心や体が守られるように、おだやかな時間が戻ってくるように

最後に、高嶋さんが一番感動した言葉を

「世界の人々が考え直すときが来た。殺し合いに力を使うのでなく、生き残った人々に心を伝えることこそ癒しの道だ」
「人種、宗教、国籍を超えて、人であることに変わりはない。目を覚まそう。自然を前に放り出されたら、殺し合いなんてしていられないんだから。お互いの痛みを和らげることから始めよう」

ただ ただ いのる

わたしのところからは 電波で状況を知るしかなくて

津波の映像をみたとき・・・
それが目の前にあるようで

海が 水が 生きている 魔物のように
呑みこまれた人は 車は 家は
からだがふるえて どうしたらいいかわからなくて

何が起きたかわからないままだった人も

身近な親戚の状況も 連絡がとれなくて不安にさいなまれることも
きっとたくさんあって
自分のからだひとつで精いっぱい 気持ちをどうもてばいいか
とまどうこともある

ともだち 知り合い せんせい 仲間
大切なひとは今
たしかめるすべがないわけじゃないけれど
できるかぎりその手をわずらわせずに

離れた場処のわたし ちっぽけでおおきなちからもない
だから 日常のくらしを淡々と おくるなかで
できることはないか 思いめぐらせる

無事でいて 何が起きていても
命があること
何にすがればいいかわからない
だけど どうか

そして何より 誰もがこころをしっかりと
大地におろして 根をはって

ただ いのる おもう
ただ うごく ねがう

どうか どうか どうか


薬師丸ひろ子さん

とっても久しぶりに「堂本兄弟」観てみました。
うしろのメンバー今、どうなってんでしょ??女性陣がわかんなくて・・・
それにしても高見沢さんはすっごいキラキラだねえ(笑)この人にしか着られんわな、あの衣装。・・・面白いからいいけど。

ゲストが薬師丸ひろ子さんだったから観てみようと思った訳ですが。
一問一答でいろんなことが垣間見えますね~、突っ込みを入れる光一さんほかメンバーについても(爆)
途中からだったんですけど野菜ジュース・・・光一さん苦手なのか??
まあ苦手なものっていうのも微笑ましいものからすごく大変なものまであるから、安易に笑ったりできないものもあるよね。理屈じゃないし。

薬師丸さんがそうしたトーク番組で話してらっしゃるのは初めて拝見しました。
『野性の証明』のころのお話・・・「ええ?そんなことあったんだ!?」とびっくり。
薬師丸さんは実は、身近な人間がファンだった、ということもあって気になるかただったんですね。歌のコーナーでは「セーラー服と機関銃」・・・なつかしかったなあ。好きで、けっこう歌ってました。
ちょうど薬師丸さんが出演されてる映画も公開中ですね。主題歌担当とお聞きして、公式サイトちらっとのぞいたのですが・・・薬師丸さんの歌が聴こえてきて、急に涙があふれてしまいました。

たしかアルバムも発売されているというお話だったので、調べてみよう。
やわらかな感じの声がなじむというのか、薬師丸さんの歌は感覚に合うみたいで。
歌うにはむつかしさもあるけど、「語り継ぐ愛に」(タイトルがうろ覚え)とか、よく知られた「時代」とか、「元気を出して」・・・どこか誰かに伝えると同時に自分に語りかけるように歌いたい・・・そんなふうに感じています。

・・・年令のせいかな(微笑)

在処をしずかにみつめる

きのうは桃の節句、でしたね。
女の子のいる家庭でないと縁がない、と思われていそうですが・・・
起源としてはそれだけではないようです。
どちらかといえば季節ごとの節目なので、いろんな切り替えに必要なのかも。

桃の花は魔除けの要素があるそうです。
桃色、ピンク色というのは愛情の色彩でもあるのでエネルギーチャージには良い時季なのでしょうね。。。。

**

さて、久しぶりに記念切手を買ってみました。
おたよりを出す機会も減ってきたのでいつ使うかな・・・とも思いましたけど、たまにはいいかなって。季節とわずに使えそうだし、桃の節句にかこつけて、というかなんだかそういう気分になってたのかな?

ことしがうさぎ年だからというのもあり??・・・なピーターラビットの切手。
もしかすると誕生何周年ってことでもあるのでは?
・・・あ、そういえばきのうって「耳の日」ですか?(笑)

私は特にピーターラビット好きではないのですが、考えてみるとじんわりかかわりもってるみたいです。昔買ってもらったバッグに絵がついてたとか、知らずに作者のかたの生い立ちにふれてたりとか・・・たしか、映画にもなってましたよね。

デジタルの良さがあるのもわかっていますが、私はやはりゆっくり文字をしたため、言葉を綴りたい。。。
からだが動くかぎりは筆を手に、紙と対話しながら書きたいと思っています。
昔のような書き方はできないかもしれないけれど、まだ文字が綴れる、ということがたまらなく幸福に思えるときがあります。私にとっては・・・息をする、呼吸することと同じくらいに必要なもの。どうしても、書くことでしか綴れないこと、想いがあるのだということがわかってしまったから。

文明の利器を自由に、身近に使えるのならばそれでいい。でも、私は・・・変換していくうちに想いと言語の間に時差が生じてしまう。それが苦しいときがあります。
もちろん、書いても書いても何かが違うと思うことはあるけれど、その果てにほんのすこし、みえてくることもあるのです。・・・書かずにいるよりはずっといい。
そして、書くという行為は、自分自身と対話することにも等しい、と感じています。
すらすら書ける、という人はそれもひとつの才能だと思うのですごいですが、私はとてつもなくあがきつつ言葉を生じさせるものですから、しずかになれる時間と空間が要るのです。

葉書でも、カードでも、封書でも。
誰かに想いを伝えようと思えるうちはまだ大丈夫?
・・・そんな問いかけをしながら様式をえらんでみる。想いを伝えたいひとをこころに描きながら・・・そうして、自分の想いをみつめながら。

記念切手は、その時々の、決意のあらわれかも、しれませんね。

最近、手紙を書きましたか?

**

寒暖の差がはげしくなっているようです。
心配なこと、気がかりな人、色々あるのではと思いますが、まずはご自身のことをいたわってあげてくださいね。

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