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2011年2月

・・・雨はいつかあがるって、思いたいな

幼い日のように無邪気でいられたらって、思うことがある
・・・それだけ年月が経ってしまったってことなのかな?

昔の思い出は決していいものばかりではないけれど

人によってはおとなになってもわがまま放題だったり、
反対にこどもであってもいろんなことをがまんしていたりする

その時代、その立場で悩みが尽きることはない
誰の悩みが大きいとか小さいとかも比較できるものじゃない

空のお天気が変わるように、人間も晴れたりくもったり
通り雨が降ったりどしゃぶりになったり

心が真っ黒になっているときは、
何を見ても聞いてもわからない、感じない、
世界にたったひとり取り残されたように、
ホントのことなんて何もないって思ったり、
どんなに心を砕いてもらっても、
全部がまやかしに思えることがある

疑心暗鬼って言葉があるよね
「誰も、誰もわかってくれない、まわりはすべて敵」

けど、信じて裏切られるのはいやだし、
たしかにしんどいとしても、ずっと
憎むとか恨むとか呪うとかも
すごく苦しくないかな

そうして、自分自身もたぶん、
生まれてこのかた嘘ついたことない、なんて
言えないし、誰かを傷つけてもいない、とは
言いきれない

もちろん、痛さを解しない人もいるかもしれないね
経験がないから、わからないし、
想像しないからどうしようもない、それはそれで
仕方のないことなんだろうけど

痛みに、苦しみに、かなしみに耐えて、
いつまでかわからなくて途方に暮れることもある
でも、泣きたいときは泣いてもいいし、
叫んでみてもいい

誰かが、受けとめてくれたら・・・
もし誰もいなくても、自分だけはしっかり抱きしめて

自分自身のことだけで精いっぱい
そのことを責めることはできないよね
だけど・・・せめて自分からは裏切らずに
理解しようと努めていけたらなって思ってる

すべてのことをわかりあえるとは思わないけど、
わかりたい気持ちがあるうちは安易に
あきらめてしまえない
自分のことだってきっと、まだまだ
氷山の一角くらいしかみてはいないのだから

****

あるおはなしのひとこま。
「つらいときには雨を見て」
雨は、すべてを洗い流してくれる・・・
地上の生き物への天からのおくりもの。
雨がやんで、光がさして・・・
晴れ間がみえたらひょっとしたら、
虹もでているかもしれない。

つらいことがあるから人のあたたかさを感じることもできる。
何かを美しいと、心動かされることもある。
すべては自分しだい。
受け取る準備ができれば、すこしずつ変わってゆけるのだと思います。

** いまは どんなにつらくても 逢えてよかったと伝えたい **

輪廻転生の考えに照らせば 私は何度か生まれ変わっているかもしれない
生まれ変わりの回数は人によって違うと聞く
そうして 生まれ変わる場処やものも

しらない世界 だからほんとうかどうかはわからない
でもたぶん 『魂』というものはあって
どんなふうに生きるのか なにを学ぶのか
青写真のようなものをつくってきているのだろう

なぜこの世界に 場処に 時代に
考えてみれば 不思議だ
ここでなければ ありえなかったこと 出逢い
あと十年はやかったら おそかったら
そこにいなかったら

平凡な毎日 というのはどんなもの?
同じようにみえても日々は違う
毎分毎秒動き続け変わっていく

人嫌いのような自分でも
とてつもなく何かに感謝したくなる出逢いがある

たとえば美しいもの 楽しいもの
素直になれる友達 気の合う仲間
魅力的な先輩 それから

ことばにならないくらいの 力強い味方 心の軸

みえない世界にアクセスすることで ぼんやり浮かび上がってきたことがある
それがすべてとは思わない けれど すとんと理解できそうな

生きていれば 出逢いと別れはつきものだけど
私の場合はすごく多いのだとか
たしかに プラスかマイナスかは別にして せわしないといえばそうだった
そのことが何かの恐れも生んでいたと考えられなくはない

誰もが悩み 迷い 苦しみ もがく
自信と呼べるものがあるのかもよくはわからないから 揺れる
ただ 何かにまもられているという実感 応援するものの存在
それがあるからこの道を歩いていいのだと

切れそうで切れない糸がつないできたもの
幾度も放り出して 封印して 鍵をかけようとした
それほどの痛みを伴いながらなおも幸いを感じてきた
誰が何と言おうと どう思おうと 自分にとって大切なもの

逢えてよかったよと 笑顔で伝えられるように

**

『君はそれ以上~出逢い』 文芸社 刊 (発売中)

言葉にしなければ伝わらない けれど みえないものを見ようとする働きも必要
心はどこにあるのか 自分にさえわからないこともある
考えられないようなことも起こる そのとき人はどう動くのか
理性でははかれない感情 それは人間だからこその想い
不可解なものを抱えつつ 呼吸をたしかめるように書いていった物語

この器(からだ)は借物 魂(こころ)を留めるための~楪 蒼朋

真贋を見極める眼は

他局の編成と異なる側面を有しているのかもしれませんが・・・
年明けからちょっと面白そう?と思って観ていたドラマがあります。
NHK総合「フェイク~京都美術事件絵巻」、という作品。

・・・あ、正式タイトル合ってます??(と誰にともなく同意を求める奴)

何か雰囲気変わったドラマなので楽しみにしてたら、あと一回で終わり。。。
もうちょっとやりませんかー?NHKの制作さん(涙)

美術品にまつわる事件というか、そこにかかわる人間模様がなんともいえず。
劇的な訳でもなく、どちらかといえば淡々と話が進んでいくのですが、美術品に託した人の想いとか、それを扱う人となりとかがじんわりきて、哀しいけれど、人っていいなあ、という気持ちにもなれる。

私は当然、そうしたものの真贋って判別できませんが、犯罪がらみではなく贋作、というのもある種芸術なのではないかと。本物そっくりにつくるわけですよね?相応の技術がないとできない。ただ、それを偽って人に渡してしまえば罪になるわけで。
本物と偽物、という観点で考えれば価値がなくなってしまうけど、にせものであっても知ったうえで「良いもの」と思えたらそれはそれでいいんじゃないのかな・・・

この前観たときにテロップで脚本担当が武上純希さん、とあった気がしたのですが、・・・え、違う??うろ覚えだからね、うう。最近なんとなくそういうところ見ていて、どっかで見た、と思うと嬉しいもので。昔の話だと「ウルトラマンガイア」で見た気がするし、さらにさかのぼると「スケバン刑事Ⅲ」あたりで見たような??・・・無論、いろんな作品かかわっておられるでしょうから不思議ではないですが。はずれてたらごめんなさい。

作品の主人公は財前直見さんで「浦沢右」とおっしゃる。ゆうさん、ですね。
あのいでたちはナイス~♪というか、感覚的には自分に合うんでこっそりお友達にしてほしいもんだと。・・・観てないかたにはすみません、ですが。
朴訥としてる、といえばそんな感じ?場合によってはとっつきにくいかもしれないけれど、杉下右京式(?)にいえば、「なるほど。興味深いですねえ」といったところでしょうか。

彼女の師匠が寺田農さん。・・・このかた、好きですねえ。悪役のときもありますが、こういう役者さんもあまりいませんし。ナレーションなどでもおなじみですから、声や話し方も。
実は自作の登場人物でちょっぴりイメージありまして(描いてみたいですが)。
お母さん役が藤村志保さん。なんとも豪華なキャスティング。
ゆうさんとおかあさんのかけあいも、良い味でてるんですよ~♪(微笑)

色々むつかしいことあるのでしょうが、短期間時々でもいいからまたやってくれないかなあ??・・・もったいないよ~!!(泣)


真贋、というのとは少々異なるかもしれないけれど、ふと考えたことがあります。
それは、鉱石のこと。

私は本質的に石とかかわりはじめたのはこの五、六年くらいかなと思いますが、石にもクラスやグレードというのがあるらしく。・・・で、稀少度や産地によってもおそらく価値が異なるものではないかと。
もちろん、鉱石の種類や形状によってもね。

自然から採れるものであるから、含有物とかキズとかもあります。
アクセサリーなどに加工するにあたっても、石屋さんのスタンスはそれぞれだと思います。
そして、それを手にする人たちにもいろんな思いがある。

どうしても綺麗に研磨されてないとダメという人もいれば、原石にちかいかたちでほしい、という人もいる。さらに、昨今のパワーストーンブームによって効果を重視する人もいるでしょう。

石、とひとことでいっても、かかわりかたもさまざま。
ミネラルショーはけっこうな規模だし、ストーンショップも千差万別。
医療に位置付けているかたもいれば、精神・心理方面で役立てることもある。

自分自身、ここまで石に魅せられるとは思ってなかったので意外といえばそうだけど、いろんなこと考えるとそういう時季が訪れた、といえるのかもしれないな。
そういえば・・・石屋さんにかかわる機会がふえましたが、いかにも商売って感じの人にはほとんど出くわしていません。接する位置付けは微妙にちがうのでしょうが、みなさんホントに石のこと、好きなんだなあと。

印象深い言葉をすこし

「効用などでネックレスやブレスレットを作るところもありますが、自分はそういうことは分からない。ただ、お守りがわりに気にいった石をもっていただけたらそれでいい」

「石屋を商う者としては買っていただけるのがいちばんですが、自然界のためには所有することなく、見て楽しんで満足いただくのがいいのかもしれません」

・・・いずれにせよ、いいな、好きだな、きれいだな、美しいな、といったところから選べたら良いですね。
私は最近、一個の石には宇宙が凝縮されてる、という気がしてます。
眺めるほど深いですよ、この空間。。。

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