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2010年6月

Silence,please.

こころが波立ってはいませんか?

急ぎすぎて痛んではいないでしょうか?

何かを、強く恐れていますか?

それは本当に、あなたに必要なことですか?

ひまわりに寄せる想い

ひまわりの花、すきですか?

夏という季節に浮かぶ花、だけど、
この季節がきらいだったころがありました。

ひまわりは、正義を象徴するものであったり、
愛をあらわすもの、であったりします。

特別、になったのは、ごく最近。
でも、実はよくわからないんだよね。
だれかにもらったわけではないし、
ひまわりがいっぱいの環境で育った記憶もない。
ただ、あるとき唐突に、わたしのなかに
群生したひまわりの花がみえた。

あの瞬間がなければ、『僕のたからもの』は生まれてなかった

この本で語られている内容は主に夏ではあるけれど、
“心”に照準を合わせれば、どんなときにも重なるものだと思っています。

アマゾンさんにまだデータのこってるかな・・・
在庫はまだありますし、届けられたらとは思うのですが、
なかなか細かいチェックができず、いろんな整備も少しずつ、
といった段階です。
ごらんになったかたやちょっと気になるというかたは
コメントに言葉をよせていただけるとありがたいです。

さいごに、エピローグにあたる部分に書いた言葉を贈ります。
誰もがみんな、もっているもの、だけど、
ふだんは気づかずにいるもの・・・
どうか忘れないでね

六年目の夏がくる
それは生涯消えることのない、
永遠の瞬間(とき)

“あなたにとって大切なものは何ですか?”

ひまわりの花はわたしにとって、いちばんに想うひとの笑顔。。。。

ここまで読んでくださってありがとう

楪 蒼朋  YUZURIHA Souhou
2004年(新風舎) 
のたからもの

緊急連絡「なっちゃんを救う会」∞∞募金にご協力を∞∞

“あなたの、あたたかい手を必要としているひとがいます”

すでに新聞記事やほかのメディアからご存じのかたもいると思いますが、
心臓移植を早期にしなければならない7歳の女の子がいます。
渡航費用その他の諸経費が莫大になるため、先日「救う会」が発足、
街頭募金ほか、募金活動を行っているそうです。

ここですべてを説明するには難しく、どのような状況かもわかりにくいと思うので、
病気のこと、現在の状況、費用や募金の方法については
「なっちゃんを救う会」
のHPで詳細をご覧ください。

もしも心が動いたなら・・・何卒ご協力をお願いします。

PCの扱いに慣れないため、取り急ぎ文書にてご連絡申し上げます。

詫び状~ほんとうにごめんなさい

お手紙を書きたいかた、メールを送りたいかた、お話をしたいかた、
いっぱいなのです。

書籍関連のお友達も、おそらく新刊が出ているだろうなと思いながらチェックもままならず。故に御無沙汰しっぱなしです。

新たに連絡を、と思っているかたも少なくありません。

ものすごく時間はかかってしまうかもしれませんが、じぶんのなかによぎったことは、
たいてい実行することにしています。
どうかお許しください。そして、これからもよろしくお願いします。

・・・別の話をしようとしていたのですがどうしてもまとまらず。
そうこうしているうちにPCがフリーズしてしまいました・・・
近頃、どうも動きが妙です。まあ、型も旧式だしねえ。

でも、愛着あるPCです。いろんなひとに会えたから。


梅雨になりましたね。
この季節は、梅の実と関係ありだったかな?

最近は雨がひどくなるときもあるから、それが心配。

文献による、というか歴史というのは定かでない部分もあるからどうなのかなと思いますが・・・ふと、見た本の記述にたしか菅原道真の生誕日が6月25日とあった。
ちょっぴり気になるのだけど。

たまに、道真を慕っていったという飛梅みたいになれたらなあって

其処彼処に紫陽花を見かけるようになりました。
色も形もさまざまで、名所も多いのでは?

みなさんのまわりはいかがでしょう?
この季節にしか味わえないおもむきです。
ほんのすこし、花を見つめてみてください。
雨音に耳をすましてみるのもいいでしょう。

ささやきが、きこえますか・・・?

篠井英介さん

前にも話題にちらっと書いた気がいたしますが・・・
表題にしてしまうほど存じているとはいえず、篠井さん、申し訳ございません(汗)

とっても独特なたたずまいの役者さんです、はい。
私が知ったのはドラマだと思うんですが・・・どれが最初だっけ??
二時間ドラマもよく観るといろいろ出てらっしゃるし、連ドラのレギュラーだったりもしてるからご存じのかたも多いと思います。

ひょろっと出てらしてもすごく存在感ございますので。

女形をきわめる、というところで活動してらっしゃるのですがホンマに女性よか女性らしいというか・・・仕草などが優雅、なんですよね。ごく自然な動きで。
といって、男性っぽさがない訳じゃない。役で観ても男性的でちゃんと格好いいなあって思うし、女形のときには美しいと感じる。・・・あんまり違和感はないかな?私の印象としては。

美輪明宏さんやピーターさんとは異なる、性別を超越したかたというか・・・
適切な言語が浮かばないのであえて感覚的なことを書けば、“透明な雰囲気”とでもいうのか。あまり男性とか女性とかを考えなくてもいい、そういうかたですね。

ちらほら素顔の篠井さんを拝見する機会があるとなんだか嬉しくなっちゃって。
一週間くらい前に「徹子の部屋」に出演されてましたね。
また意外なお話も聞けて面白かったです(笑)

ところで、ふつう「篠井」という表記だと「しのい」と読まれるのだそうで。
なじみがあまりないからそうなるのかもしれませんが・・・私は「ささい」だと思ってた気がしますけど。・・・で、よく考えたらとある地名で「篠」と書いて「ささ」と読むところがありました。

テレビで拝見するのも勿論、良いのですが、・・・願わくば生で見るとどんなかただろう?ということで・・・

舞台で篠井英介さんを拝んでみたい!

しかし、なかなかタイミングが合わんのだなあ。
それに私は演劇評論家でも舞台関係者でもないので、数で(?)観るわけではなく・・・
個人的にいろんなことを考慮したうえで観る作品を決めるから、限られるんですね。

さて、次回は如何に!?

こころが壊れてしまわぬよう

天使と悪魔
人間のなかにはどちらもいる
思うようにならないのが人生かもしれない

だけど、きもちひとつで
お料理のように、いろんなかたちを
つくりだすこともできると思うのです

悪魔のささやきが大きくなって
つらくなったときは、
すなおにそれをキャッチして
いっぱいなみだを流してみましょう

泣きたいことをがまんしてしまうと
どんどんじぶんのなかが
ばりばりとこわばっていって
砕けてしまうから

無理しなくっていいんだよ
笑顔でいられないこともあるんだよ
動けなくって、前を見ることができないくらい
ぐしゃぐしゃになることだってあるんだもの

そこを通ったらいろんなことがわかる
かなしみにうちひしがれるひとのことも
くるしみにのたうちまわるひとのことも
わからずにいるより、わかったほうがいい

だって、せっかく人間(ひと)に生まれてきたんだからね

朝とか夕とか夜とか
それぞれちがう表情(かお)があるように
おなじなんだ、人間も
全部ボーダーレスにはならない
してはいけないゾーンがある

妖(あやかし)の時間・場処・・・

そこへは踏みこんじゃいけないよ
君らにとっても大事なのだから

人間として生きていくために
ほんとうの暗闇に呑みこまれぬように

きんぎょが。。。。

・・・ここんとこ、ちょっと心臓の調子がおかしくって。
別に疾患ある訳じゃないんですが(笑)
記事書こうと思いつつ、若干しんどさが邪魔して言葉がついてこないのです。
精進しなくては・・・すみません。
まあ、これって心因性のもんだと思うので、そこらへんはなんとか。

何々グッズって色々ですが、けっこう好き、みたいなんですねこれが。
無論なんでもってことではありません。でも、金魚は明らかにツボにはまってる(汗)

たいてい夏場になるとレターコーナーには暑中もしくは残暑見舞い向けの葉書やレターセット出ますが、意外と気に入るものにはお目にかかれない。当然、個人の好みによりますが。
・・・で、きんぎょ、なのですよ、はい。
私の感覚としてはオールシーズン使用可、かもな~などと思ってるので、きれいなものがあれば使いたいのです。でも・・・いまのところ、何かがいまいち、・・・という感じで。

そんななか、珍しく「お?可愛い??」と目に入ったものがいくつか。しかし・・・
メモか一筆せん的にか、何に使うのだ??と悩みまして。
いやはや、きれいすぎても勿体ない、のか・・・?(結局、退散しました)

あ、水族館行きたくなった。。。
(けど遠いのさ)

何年か前にかわいかった金魚の絵入りのタオルハンカチ(が正式名称?)購入したんですが、これもふだん使いにはしたくなくってそのまま。いや、持ってるだけでもたのしいけど。

きんぎょに限らず、お魚ちゃんとかお花たちとか・・・生き物は育てるの、むずかしいね。
ただ、大人になってからはあまり機会がないかもしれませんが、子供のころには動物の飼育や植物の栽培のような経験って一度くらいはあるんじゃないかな?
それは、無駄なことでは決してありません。動物なら、人間と近しいところで生きている体温にふれることで生命を実感できるし、植物なら土いじり・水いじりから入って、どんなふうに芽吹き、葉が生まれ、花や実が育まれるか・・・そこへ辿り着くまでの変化は、やはり生命のいとなみにふれることになる。
生き物にふれるとじぶんが元気になる感じ、あるでしょ?
たぶんね、双方向でエネルギーが行き交ってる証、だと思うんです。だから、心が通ってれば動物がなついてくれたり、植物が芽をだしたり、花が咲いたりする。

そも何故こういう話になったのかといえば・・・「臨場」というドラマを観ていてふと、生き死にのことを思ったのだと。本編中で倉石さんが育てている植物であったり野菜であったりがよく出てくるのですが、あれは人の死、遺体と対極の位置を示してる気がして。
ああ、金魚もいます、この前二匹になったんで仲間できてよかったなー、なんて思ってました(微笑)
倉石さん自身も奥さんを亡くされている(という設定)から、亡くなった人、生きている人・・・そうしたなかでさまざまなことを意識せざるをえないところはあるでしょうが。

「死んだ人間は嘘をつかないが、生きてる奴は嘘をつく」
その嘘がそれぞれの人間を惑わせる。
嘘、ではなく・・・植え付けられた観念、思い込みといったもので苦しむ、苦しめられることも、あるのでしょうね。

耐え難いことが起きると、何かを信じたり誰かを愛したりすることさえも痛くて、止めてしまいたくなるかもしれません。・・・でもどうか、生きていてください。
すこしでいい、つよくなりたい・・・何ができるかわからないけれど、生きて、ください。

つらつらと書き連ねるのが良いことも、推敲してばっさりそぎ落とし、すっきりしたものにするのも良し。状況に応じて長文・短文分けるのもありです。
小説ではないですから・・・ネットという媒体においてどのくらいのかたが読まれて(あるいは見て)いるかは不明ですが、この空間を訪問くださるみなさま、ほんとうに有り難うございます。短くまとめられたら、とは思うのですが、書きにくるのもまちまちになり、これを書かなかったら後悔しないか?と考えたり。

あたりまえに“あした”はないかもしれない

そう感じることも多くなったから

あせることはないと思いますが、この瞬間を、日々を大切に、
精いっぱい生きてゆけたらいいですね

“あなたを想うと、心があたたかくなる”
みんなが誰かの、そうした存在だと
信じる、ゆるして解き放って、愛する

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