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2009年11月

“みんな、誰かを愛してる”

・・・私たちが“知っている”と思っている世界は
実はごくわずかにすぎないのかもしれない・・・

****

「わたし」 そして 「あなた」

となりにいるひとのことを
どのくらいしっていますか?
じぶんの存在を
どう感じていますか?

ここにいる彼らは「異質」であることに
おそれやとまどいをおぼえながら、
それでも誰かを想い、自身を受け入れようとします
“どんなに哀しくても痛くても、
 自分を、誰かを愛したい”
それはたぶん、この世に生を受けた命の、
魂からの願いではないでしょうか
わたしには特殊な能力はありません
けれどときに人は思いもよらない
“ちから”を発揮することがあります
その源はこころ・・・“想い”・“願い”・“祈り”
誰かが、何かが在ることによって
発動されるのです

彼らの声に耳を傾けてみてください
もしかしたら、あなたの一部、もしくは
たいせつな誰かのかけらなのかもしれません。。。

2007年11月28日
2007年12月28日
2008年1月28日
2008年2月28日

深い闇のなかでも、そこにあるのは
恐怖だけではありません
だからこそ、かすかな光を見いだすことも可能・・・
物語とあわせて“何か”をつかんでいただけたら幸いです

『君はそれ以上~出逢い』 2009年7月
楪蒼朋 著 文芸社 刊

****

・・・ふと思い立って、初期の「西部警察」~知っているかな??~のエンディングで流れていたであろう曲のタイトルを表題にしてみました(違ってたらすみません)。
ぼんやりとしか憶えていないのですが、詩のなかの一節に

“ みんな 誰かに愛されて
  そして 誰かを愛してる ”

そうあった気がします。
ありすぎてもなさすぎてもこまるけれど、自分自身を信じる、「自信」をもって誰かを想い、やさしさをいだいて愛することができたら・・・と。
人は決してひとりで生きていくことはできないものだから。

この曲、好きだったなあ。。。。

少年の心でいたい ≫≫探険気分

多少の予備知識が要ることもあるが、本の購入ベースは“現地調達”である。
しかし・・・何にせよ蔵書の数がハンパではないため、近頃はよほど気力がないと長居できない、つまり楽しめないわけで。

ようやく折り合いつけて初の試みをしてみた。・・・あたりまえにやっている人もいるだろうからあえて書かないが(汗)、けっこう面白かった。めったにやれないしな・・・
そのとき、久方ぶりに発見のよろこびがございまして。内心どきどきしながら手にとったっけ。。。自分の感覚としては「財宝めっけ!!」・・・ですね。これだから本はやめられない。

・・・ほかとのかねあいでまだ読んでいないので、ここでは「鉱物の本」とだけいっておきましょう。わかる人にはわかるかも??
この本がきっかけでさらにすごいことあったんで。
でも、話すとながくなる、というか自分の言葉で語れるか不明なのでちょっぴりふれますが。

たぶん、もっと詳しい人いるよね。いろんな側面から行き着いているでしょう。
小林健二さんのこと。
私はほんのすこし、・・・うん、入り口に立ってるようなものだから語れるほどのものがないんですね。ひとついえるのは、つきなみだけどやはり自身にとってのタイミングに重なった、というのか・・・「前」でも「後」でもなく、「今」。
そこまで話が及ぶとは思わなかったのですが、ついこの間、関連の場処に出向いて小林さんのことをたくさん話していただきました。短期間の出来事だったので個人的にはすごい体験をさせていただいたな、と。

検索していただくと公式サイトはじめ、さまざまなところへつながると思います。

『宇宙(そら)って、つながってるんだ。。。。』

・・・感じるところはこわいくらい、それこそいっぱいあるんだけど
ことばにならないことがもどかしい・・・

近年、以前はなかった現象が頻発していてよくそう思ってしまいます。
他人にしてみればどうってことないんでしょうが。
伝えたくてもそのことばが口にできなかったり、的確なことばがうかばなかったり・・・
時として言語って、とてもやっかいなものですね。

小林健二さんのおかげで、あらためて鉱物というのは美しいものだな、と感じました。
テレパシーのようなものまではないけど・・・ちゃんと向き合うと、鉱物はあたたかくてやさしい。動機はさておき鉱物とかかわりはじめて何年かになります。気づかない場処で、もしかしたらじんわりと変化がおとずれているのかな・・・?

ちょっぴり機会が続き、鉱物のブレスレットがやって来ました。
そこにかかわるひとにもいろんな思いがあるんだなあと話しながら感じます。
・・・えと、ルチルグリーンファントムだったかな?

鉱石(いし)たちはみているだけでも心がなごみます。
そういうオーラで、人々を包んでいるのかもしれませんね。

♪堂本兄弟♪

ファンのかたや芸能情報つかんでる人にしてみれば、きょうだいだと思ってることはあまりないとふんでますが(笑) KinKi Kidsのふたり、の噺

地域性やら歴史のルーツやらで特定の姓が多い、というのは実際あるようですね。
ただ、このふたりのようなケースはどのくらいの確率なんだろか??
当人たちもビックリしてたらしいし。
(これもご存じのかたいると思うけど、作家の伊集院静さんが雑誌の連載でいっしょに仕事をすることになったとき、関係者にたずねられて「知ってますよ、堂本くんのほうでしょ?」と答えたのだそうな。この文脈(?)から察するに、なまえのほうをきかれたのだろう。でもまさかふたりとも「堂本」だとは思わなかったでしょうね・・・)

私はといえば、芸能関係はおそらく「うとい」ほうに属するのでは?
なしてKinKiは気になるのかよくわからんのですが・・・少なくとも「キッズ」な年令ではなくなってきたかな(笑)まあこのあたりは突っ込まないほうが得策でしょう。
近年はソロ活動も多くなってきてるんで把握できなくなっている・・・この前、シングル出ましたよね?アルバム・・・どーしよ(汗)

始まってずいぶんたつし、今はたしか「新」がついてるのでほとんどカンケーないでしょうが、音楽番組として開始された当初は歩くんと進くんの兄弟、という設定があったはずの「堂本兄弟」。どっちがどっちか憶えてないのだが・・・剛さん兄で光一さん弟、だっけ??
現実には光一さんが早生まれだから数ヶ月にーさんですが。

ちょっと前にたまたまご近所のCDコーナーのぞいたんですが、・・・あれ、新しいの出てんだ、ほ~~・・・と嬉しいような、諸々の事情考えると悩ましい(!?)ような。
ソロのほうです、どちらも。久々だったんで聴いてみようと購入した、がまだ。

・・・なんかそーゆーのによわいんだよねえってとこを突かれるのだな・・・

ひとつ紹介しますと(時差ボケ)
KOICHI DOMOTO 『 妖 ~あやかし~ 』

詩はよんだのですがこれに曲がつくとどうなるやら・・・
曲は光一さんの担当だし。
タイトルはどっから?(これも周辺の人は知ってるよね)

いずれにしても意味深。。。
というより、自著で恐縮ですが『君はそれ以上~出逢い』に通じる部分があるな、と

剛さんも光一さんも、おのおのしっかりとした性質を有していて人間的に関心があります。
このふたりについては別の側面で「ぎょぎょ!?」とさせられた経験もございますのでとにかく面白いなあと。・・・いえ、老けてるとか若いとかの噺ではなくて(汗)

おや、何を書くのか忘れてしまったではないか
・・・本日、立冬なのだそうです。
せわしない時季になっていきますが、先走りすぎぬよう気をつけましょう。
調子のでないかたは無理せずに、おかげんのよくないかたはおだいじに**

闇と光のはざま∞∞あかつき

・・・気象用語であったり、天文がらみのことに詳しいわけじゃない。
ただ、子どものころにギリシャ神話を読んで星座に関心をもったとか、
宇宙ってどうなっているんだろう?・・・と素朴な疑問をもったとかそのくらい。

もちろんそこからはじまって、奇跡のようなことを成し遂げたひともいる。

私にはそうした特徴的なものがあるのかわからないけど、
美しいものは美しい、そう感じられる魂(こころ)はなくさずにいたいな

ふと、新聞記事に目が留まった。
“金星探査機 「あかつき」と命名”

これは日経新聞で見たのですが、ほかもそうした内容だったのかな?

惑星にはそれぞれ神の名がついている、というかそんなふうに呼ばれているものだと
・・・金星はヴィーナス、かな?うーん、たしかどっかの側面で地球にちかいときいた気がしますがよく覚えてない。でも、地球からの距離は水星の次?

「金星が明けの明星として最も美しく輝く、日の出直前の時間帯」にちなんで付けられたのだとか。
「暁」・・・ことばとして聴いてはいたけれど、きちんと現象として受け止めたのはここ何年かですね。尊敬するかたの書かれた本で最初に認識したのかな。響きも好きですが、漢字の字体もたたずまいが何ともいえず。なまえで記されると“あき・あきら”となるのでしょうか。「明ける」・・・ひかりに通じるのでしょうね。

からだをこわしてからその時間帯に起きていることはまれですが・・・
ほんとうに真っ暗な空が白んでくる瞬間、というのはつかめないもの。
じわっとくるように思えたり、「えっ!?」と思うくらいあっという間だったり。
でも・・・夜明けがきても自らの宇宙に光がささない時季もありました。とてつもなく黒く、深く・・・果てなどないように。そこに兆しが訪れたのはいつだったのか、私にはよく思い出せない。ひたすら暗闇を漂っていただけだったと感じられたけれど・・・人にも「暁」の時間ってあるのだろうか、と。

そんな想いがあったからなのか、『君はそれ以上~出逢い』(文芸社)においても“あかつき”は登場しています。はじめからそうしようと考えていたわけではなかったのですが・・・

奇跡って、どんなものだと思いますか?
大がかりなもの、フィクションのようなもの・・・
思うところはさまざまかな。
本のなかや、いろんな人の話を聞いていて考える。
「あしたがくる」
ということがすでに奇跡のようなもので、「ここにある」ことが驚異

私にとっての“奇跡”は月日とともにごくさりげなく重ねられてきてるかな
欠点多くて、これといった特技もないけど・・・そばにいてくれるひと、守ってくれるものや事象に“ありがとう”

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