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天に星 地に花

どこかで見た 聞いた
あるいは格言のようなものかも

・・・わたしが認識しているのは、歌

当たり前のことがあたりまえでなくなった、と言います。
自己の保身・排他的・欲の先行
人間だから、性質上そうなってしまうのは、無理からぬことだとは思います。
でも、人間にはそれだけではなく、もっと良いものもあるはずです。
本来はそれらのなかでバランスをとり、周囲との調和をはかることで
成し遂げられる物事も多い。

あらゆるものが効率化され、便利になり、格段に高速化した。
故に「待つ」ことができなくなり、それ自体を軽んじる傾向さえあらわれる。
皆が同じリズムを刻んでいる訳ではないことを忘れて、思い通りにならないと
怒りをあらわにしてしまう・・・
そうやって、ぶつけるほうもぶつけられるほうも疲れ果てているのではないでしょうか。

わたしもそのあたりはよくわかります。
ただ、怒りを感じても即ぶつけるのは得策ではないと思うのです。
感情論だけでは物事は先に進みません。
「怒っている」ことを認識したうえで、何に対して怒っているのか、では、それを解決するためにどうするのが良いのか・・・その感情が強いときほど「突き放して」冷ます、しずめる必要がでてきます。
そのほうが結果的に収束が早まるのです。
・・・かなり難儀ではありますが、イヤな気持ちを引きずるよりはずっといい、最近はそう考えて物事にあたるようにしています。まだまだ訓練いりますが。

色々あるから人間で、神様や聖人になることはない。
とはいえ、人の思惑ってちっぽけなんだろうなあと痛感することも。

*天に星*
空を見上げることってどのくらいありますか?
そんなゆとりはなかなかもてない生活もあるかもしれませんね。
でも、天体観測ほどなくても、昼間でも夜間でも、空はいつもそこにあります。
ちょっと顔を上げれば見えるのです。変わらずにあるのですから。
たとえ、曇っていたり雨になっていたりして真っ黒であっても、
ちゃんと空は地上をみつめています。
星もたしかにあるのです。
それとおなじように、視界になくても、視覚でとらえられなくても
存在するもの・・・そうしたものに時折、思いをはせてみてください。

*地に花*
近頃は身近に土や砂を見なくなってしまったのがさびしいかぎりですが・・・
土を踏んだり、砂で遊んだりした記憶ってありますか?
いまにして思うとすごく心地よかったなあって。
やわらかいし、いい匂い(これは個人で異なると思いますが)してたなあと。
大樹やはなやかな、大輪の花を咲かせる植物も好きですが、
わたしはどちらかといえば、大地にしっかり根をはって地表近くに息づいている植物に視線が向きます。・・・ああ、けんめいにふんばっているなあ、しっかりそこからみつめてくれてるんだなあ・・・そんなけなげな姿に、ひそかに元気をもらっています。
小さいころからまわりに植物があったから、じぶんがしらなかっただけでずいぶん助けられて、まもってもらってたのかもしれない。

人の存在も、時に星になり、花になるのだと思います。
言葉があるなしにかかわらず、笑顔があり、体温があり、仕草があり・・・
そうしたことで幸福を感じたことはありませんか?

歌でしったものの、みっつめのフレーズは*君に愛*
かたちとしてみるものではないけれど、感じること、伝えることはできるはず
みんなきっと、何処かでおだやかなぬくもりに包まれて生まれてきたのだから

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