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2008年12月

涙は知っている

いくつか重なりがあるような気もしますが・・・
果たしてこれをご存じのかたがいるだろうか!?

ここで述べているのは、ある曲のタイトル。
アニメ化されたまんがの何番目かのエンディングテーマであったと記憶している。

・・・「るろうに剣心」ってご存じでしょうか?
実は私の手元にも資料がのこってないので、あいまいな記憶をたどりつつ書いています。

幕末から明治あたりにかけての時代設定だったのかな?
だからフィクションも加え、新撰組や明治維新にかかわった人たちも登場してたと思う。
主人公は・・・いわゆる暗殺者のような側面も持っていたのだろうか。
もっとも、戦国時代でも現代においても「いくさ」がからめば武具を持たなければならない。
この前、ドラマのなかで「戦争でたくさんの人を殺しました。でも、僕にはお咎めなしなんですよ」という言葉を聞いた。どんな理由であれ、命を奪うという行為はその人の心さえも破壊しかねない・・・それを一生背負っていくことの重みは如何ばかりだろうか。

この物語、全部は観ていないのだが、たしかオリジナルストーリーもつくられていたのでは?
私は基本的には罪は背負っても、剣心には薫と結ばれてほしかった。道のりは平坦ではなく、数々の試練にさらされたふたりだからこそ。・・・薫が、けなげでね・・・
あれほど純粋にひとりを愛せるというのは素晴らしいことだと思う。
例によって自分が「るろうに」キャラで誰にちかいかを考えると・・・おそらくは左之助か弥彦(?)ではなかろうかと。
ちなみに異なるポジションで気になるのは四乃森蒼紫(名前がうろ覚え)だな。
・・・あの風情で「酒は好かん」のだそうな。茶人だね、そのギャップが。

曲は、歌を剣心の声をあてていた涼風真世さんが担当しています。
たぶん、剣心と薫のことを歌っているのだろうなと思うのですが、いろんな場面で日常にからんでくるなあと。
詩のいちばん好きなところを抜粋すると
『 隣にいるだけで 何もできないけど
  ありったけの 笑顔 君だけに
  抱えて 贈るよ どんな時も 』
となるのですが、私には切実に響いてくるんです。

カップリング曲の『あなたの帰る場所』もふまえて2008年をふりかえってみると・・・

すごく厳しい側面もあったけど、とても素敵な出逢いもあったな
いい経験をさせてもらいました。
演劇集団キャラメルボックス
、それから演劇集団スプートニクの皆様、
いつもながらお世話になりました。
さらにことしは「超ウルトラ8兄弟」にも救われました。出演者および制作スタッフの皆様、ほんとうにありがとうございました。・・・みんな素敵な御仁ですが、個人的には我夢とアスカがええですかね・・・性格ばれる??

涙にも、いろいろありますよね。
2008年、私もいっぱい泣きました。笑うことで得られるエネルギーもありますが、泣くことであたためられるエネルギーもあるんですよ。それがあるから、やさしくなりたい、やさしくありたいという想いも生まれるんです。

夢をかなえて疾走しているひと、夢に向かって歩んでいるひとへ
『応援しています』
暗闇に閉ざされているひと、どうしても動けずにいるひとへ・・・
それは、いまはしずかに待ってみようというサインかもしれません。
ひとりきりでいられる、というのはむずかしい、まわりがいろんなことをしたり、言ったり。
受けとめるだけのエネルギーがなければ黙っていてもかまわないと思うのです。
思いっきり反発してしまうこともあるでしょう。でも、自分もまわりも責めないで。
ちからが出てきたなと思えばそうっと動けばいい。もし、苦しくなったら立ち止まってもいい。まわりにいる多くの人は、あなたの敵ではありません。ほんのちょっと、考え方がちがうだけかもしれないのです。
全部をわかってくれる人はいなくても、理解しようとしてくれる人はいるはずです。
ただ、すこしの勇気と、歩み寄っていく根気は、必要。
自信って、そんなふうにしてつけていくものだと思っています、私も決してつよくはないし、動けなくなるかもしれないってこわくなることもありますから、いまでも。

年内はこれで最後かな。
ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます。
・・・あ、まだ2008年のこってますから訪問してくださるかたが増えたらうれしいな
2009年もお付き合いいただければ幸いです。

さて、そろそろラストスパートかけなくっちゃ
みなさま、良いお年を・・・っとその前に
★メリークリスマス★

~ごめんなさい*ありがとう~

2008年から2009年へ向けて、皆様さまざまに動き始めていることと存じます。

言葉綴りをはじめるにあたって、私が決めていたこと
・更新時期にはこだわらない
・気持ちをいつわらない
・決して無理をしない

ほかにもたぶんあるのですが、おおよそこのような原則をもって書いてきています。

はじまりのときにも書いた気がしますが、私はメカ音痴がはげしく、書くのにも時間がかかります。そうしていつも言葉がすぐに出てくるわけではありません。
また、心身の状態にも左右されやすく、そのため、できるかぎり書こうと努めていますがコメントにお返事ができないこともあります。
適切な言葉が浮かばないときや精神的にきつい状況にあるときなど・・・
いただくコメントは有り難く拝見しております、何卒ご了承くださいませ。

このところなかなか時間がとれず、記事も書けずにいますが忘れているわけではないのです。すこし、調子も考えなくてはならなくて。

訪問できずにいるサイトの皆様や連絡できない友人や知人・・・
ホントにごめんなさい。


・・・話題が飛びますが、知らないかたにはすみません、でも、ちょっと書いておきたくて。
「相棒」という作品のなかにおいての話
薫ちゃんが、旅立っていきました。人生のなかでおとずれる転機、それは何度あるのか。
気づかず通り過ぎることもあるだろうし、節目がたくさん、という人もいる。
どの道を選ぶかは、人それぞれ。どれがえらいとかすごいとか、そういうことじゃない。
大切なのは、自分のほんとうの心。

ある意味で苛酷な選択なのかもしれない。でも、なんだか薫ちゃんらしいなと。
・・・青臭い、といえばそうなのだろう。「笑わないでくださいよ」と右京さんに前置きして
「子供たちに本当に教えたいのは正義」
そう、彼は言った。不正だらけの国だからこそ、本当の正義を
きっと、彼なりの流儀でそれを伝えていくのだろうと思う。
もちろん、彼自身も自問自答をくりかえしながら
そうやって彼は右京さんの相棒となり、ともに闘ってきたのだから。

右京さんは鋭すぎる故に組織に疎まれ、薫ちゃんは真っ直ぐすぎて組織からはじかれた。

ふたりに共通していたのは「心」だったと思う。
肩書・立場・体裁・・・そういったものに惑わされない本質を見抜く人間としての心

右京さんは確かに変わったひとではあるけれど、自慢などはしないし人を見下すこともない。ただ、言葉がストレートすぎる、というだけだ(それで誤解は生じるかもしれないが、よく聞けば皮肉ではない)。・・・それを薫ちゃんは時間をかけて理解していった(本人は自覚してなかったかもしれない、ごく自然になじんでいった、といったほうが正しい?)のだろう。

実際の人間同士でも、あるんじゃないかな、こういうこと。
気づかずにいるか、まだ出逢っていないか・・・
まるっきりちがう、合うはずなどないと思っていた相手がいつのまにか互いを必要とするような存在となっている。

異国の空の下の薫ちゃんは、仕事上でのパートナーではなくなるけれど人として、相棒としての右京さんとのつながりは変わらないと思っている。
私は、右京さんも薫ちゃんも大好きだ。
だからいま、言っておきたい
“大切なことを教えてくれて、ありがとう”

読めん・・・!!

たまに思うのですが、みなさんどうやってここへたどりついてるんでしょうか?

当然、何かしらの検索はかけてらっしゃるのでしょうが、いくら便利な機能があるといっても無数のサイトのなかからさして目立たぬこちらのページへくる、ということが私にはものすごいことのように思えて。
来てくださるかた、ありがとう。更新ばらばらでも書けなくなるかもしれないと思ってもなんとかここにくるのは、見て、読んでくださるかもしれないかたがいるから。
「・・・まだ、ここにいます」
という証。いろんなひとにたくさんの言葉をもらっているから、すこしでも返せたら、贈ることができたら、と祈りながら綴っています。

さて、2008年もあとわずか。いちいち数えはしないので何冊かわからないのですが、もうちょっと読んでおきたかったなあと。目標として年内におわりたかった本もいくらかあります。でも、諸々のしめきりを作っていくと・・・うーむ。
そもそも2008年は、始まりの年であるとも聞いてましたから着実に歩みを進めていくと考えたほうがいいかな。

長期的展望(?)であらかじめ読もうと思っている本はいいんです。
しかしながら、読みたいと思いながら着手できないのがつらい(涙)
作家さんだとじっくり読みたいのは山本周五郎先生。とっかかりをつくりたいのは柴田錬三郎先生。・・・その前に越えなきゃならん峠がっっ

あ、そーいや友人からもらってる課題もあったんだわ(汗)

・・・心身の状態もふまえて、なのでゆったりしないと、な
以前ほど無理はきかなくなってるけど、動けているうちは大丈夫です。
時にパニックになることもありますが、からんだ糸をほどくように根気強く取り組んでいこうと思ってます。
もし、これを読んで気を遣わせてしまっていたら、すみません。
それから・・・精神的に揺らいでしまうため、言動で驚かせてしまっているかたがいらしたら、ごめんなさい。

大切なかたにも言葉が届くことを願って

ことしの世相を映す一文字は『変』とのこと。
この文字から連想することは人それぞれでしょう。
私もある意味あてはまる・・・かな

へこんでしまうことも多いけど、いまは美術館や博物館の図録などをのぞくのが楽しみです。
もっと色々話したいかたも、いるんだけどな

ミステリーゾーン!?

「・・・あれ?」

まただ。注意しながら歩いてきたはずなんだけど・・・

何故こうなるのだろう?よほど私が鈍いせいだと言われればそうなのかもしれない。
人に聞いてみたことあったっけ??
でも何となく、ほかにも動きがあやしいな・・・と思われる人もいるようだ。

たまにではあるけれど、街へ出かけると不思議なことが起きるエリアがあります。
そこには公園や美術館、コンサートホールがありまして、催しなどの際にこの公園を通るのです、が。
・・・何度行っても、入ったところから帰りは出てこられないという憂き目にあっています。
当然、そこを目指して通ってきているにもかかわらず。
これまでにまともに出られたのは一回あったかなかったか、だと。

いえ、別に帰れなくなるとかではなく、出てくるところが違うだけなんですが、そうなると景色が変わるので何処にいるのかわかりにくくなってしまうんです。たまにそれでぐるぐるまわる羽目になるし・・・
ちょっとしたことなんだけどね。

周囲の景観は、視界がよくないというほどでもなくむしろ空間は広い。建物が乱立しているわけでもないのにどうしてだ??
鬱蒼とした森の中でもあるまいに。

なのでいまだにそこを通るときには奇妙な緊張が走るのです。
・・・生還できるのか、こいつ・・・

みなさんの周囲にはそういう不可思議な場処、ありますか?

読書∞

子どものころに読んだ本で印象深いのは、『大きい一年生と小さな二年生』、『モモちゃんとアカネちゃん』・・・だったと思う。タイトルが微妙ですが、いまも本屋さんにあるんじゃないかな?

ほかにも、いろいろ。

読書家だったり、文学的見地であったりはしませんので、あまりたいそうなことはいえません。読むことが好き、本というかたちが好き、というところでしょうか。

読書離れについていろんな説があり、取り組みもさまざまでそれは良いことだな、と思ってます。きっかけがあれば本に親しむようになることは充分ありますが・・・これも個々で異なると思うのです。人間の性質上、「言われて」、「強制的に」だとかえって反発が生じますからあくまでもさりげなく・・・が基本になるのかな。
そうして、似たようなこと書いた記憶がありますが、どこから、どのジャンルから入ってもかまわないのです。最初はちょっとのぞいてみようかな?で始まって、読めても読めなくても気にしない。そうしていくうちに必要なもの、知りたいことがわかってきます。そんなふうに進んでいけばいい、と。

ちなみに私はたまたま周囲に文庫本がたくさんあった時期があり、そのころのお気に入りは松本清張氏と石坂洋次郎氏でした。文学史などであげられる作品や作家についてはたいていふれていたと思いますが、知識としてなんとなく、という感じかな?
感覚的にはよくわからなかったはずだけど、谷崎潤一郎氏の本はわりと読んでましたね。
もっと深読みしたいな、といま思っているのはやはり清張氏、それから三島由紀夫氏・・・だろうか。外国文学もふれてみたいとは思ってるんですが。
時がたって読みたくなる本というのはありますね。あのときは手が出せなかったけれど、いまなら・・・という。

私は作家になりたい願望があるわけでも積極的に出版したい人間でもありませんでした。
でも、それほどながいとはいえない道のりを振り返ることを余儀なくされたとき、
「いま、やらなくてはならないのでは?」
・・・そんな問いかけと、意志がみえてきていました。
もちろん、たやすいことではないし、仮に才能があるにしても磨かなければならないし、それがない私にはものすごく遠回りに、地道な努力が不可欠。だから、どんなかたちでも書き続けなくてはならないし、読む訓練も要る。
当然、読書の形態も変化していきました。

読書にかぎったことではありませんが、色々みたりきいたりして感じること。
人の意見や考えを視野に入れることは良いことです。けれど、それをすべてだと思わないこと。あくまでも「自分はこう思う」が根っこにあって、人の見方を参考にし、栄養にする。
自分なりのかたちをつくっていくことが肝要なのだと。
それを助けてくれるものが読むことであり、書くことだと私は思っています。

出版させていただいた『僕のたからもの』も『君はそれ以上~出会い』も多くの人に支えられて生まれた子どものようなもの。そしてこれまでに読んできたさまざまな本・・・どれもが私には友人や恩人、家族のように感じられ、すべてに愛おしさをおぼえています。

読書は自分の可能性をひらいてくれる原石、宝物です。
あなたにとって大切な一冊に、より多くめぐりあえますように

音楽♪

・・・昔はおけいこごとの定番といえばピアノやらバレエやらそろばんあたりだったと思うけど、いまはどうなんだろう・・・(あ、水泳もあったか?)

私の場合、動機はさまざまですが音楽教室に通いまして。そのわりにはクラシックどっぷりというわけではないのだな、これが(笑)
フツーに歌謡曲だのフォークだの、ロックだのも聴くのです。
・・・じゃ、クラシック嫌いなのかといえばそういうことでもなくて。
ジャンル問わずいいものはいい、と思うのです。
作曲家でいくとベートーヴェン、ショパン、ドビュッシー、リストあたりかな・・・
もちろん、単独で曲が好き、ということもありますよ。

これに近年はジャズ、ボサノヴァ、雅楽なども加わりまして。
音楽シーンには詳しくないので歌い手さんはよくわからないのですが、ある意味、私のなかで例外中の例外といえるのが中島みゆきさんかもしれない。
なにかこう、位置づけが特殊なんですよ。あんまりしらないひとなのに、曲調も風変わりだなと思いながらずずーっと引力があって逆らえないというか??
・・・でコンサート行ってますます抜けられなくなっちまったい∞∞∞∞

そういいつつ、CMに出演されているみゆき嬢を見て、思いっきり顔がほころんでしまう私
『・・・あのでっかいわんこになって、いっしょに散歩してみたい・・・』
いやあ、愉しそうじゃありませんか!?(爆笑)

時代をさかのぼるとピンク・レディーや山口百恵さんがいいなあと。
石原裕次郎さんや渡哲也さんの曲も好きです。もちろん、お人柄も、ね。

絵画*

絵を描く、といっても決してうまくはありません、・・・ただ、好きだな。

子どもの時分のらくがきはもっぱら、まんがに関する部分。しかしまあ、当時でもイラストっぽい絵を描く人はいまして、「はあ~」と感嘆してましたね。
私の描いたものでも喜んでくれる友達はいましたが。

最初は水彩画にふれたかな?陰影まではつけられないときでも、パレットの上でいろんな色ができあがっていくのは魔法のようでした。あとは、濃淡だね。
色鉛筆にも心がときめいた。24色とか36色とかだっけ?「え~、こんな色あるんだ」

まんが・イラストのようなものでも画材わけることで雰囲気かわる。
ちょこちょこと描くとき、蛍光ペンなんかも使います。・・・あ、筆ペンも描き味が好み。
使いきれてないけど、マーカーとかサインペンとか水彩色鉛筆とかも面白い。

鑑賞するほうは水彩・油彩・パステル・水墨画・・・わりと色々みてます。
いちばんはじめにふれた絵で、いまもすごく心のよりどころになっているのは、いわさきちひろさんの絵ですね。絵画展にも何度か行きましたし、東京の美術館にも。
絵本もたくさんありますよね。とてもやさしくて、あたたかい画風・・・・・・
近頃のお気に入りは東山魁夷画伯の絵。絵のような、写真のような、実際の風景のようでいてどこか幻想的な・・・こういう絵を描かれたかたがいたんだ、と驚嘆しました。

水墨画に関心をもちながら敷居がたかいと思っていたところで見つけたのが小林東雲さんの本。・・・もちろん、正式に描ければいちばんなのだけど・・・とにかく入り口を示してもらった感じで。ちょっとずつやってみたいなあ、なんて思ってます。

用途はともかく、画材屋さんなんかも行くとつい、じーっと見てまわっちゃうんだよねえ・・・

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