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2008年11月

Φ がんばる 君に Φ

真剣な姿は美しい
けなげで いちずで とても素敵

ときには
ツライことばを 浴びることもあるだろう
痛いコトバを 投げられることもあるだろう

でも、彼らは
君のすべてを知っているわけじゃない
君自身ですらわからないトコロがあるのだから
知りようもない

仕事と闘う・病気と闘う・自分と闘う
それぞれが日々、一瞬一瞬
何かと闘いながら生きている

見えるものにのみ価値があるのじゃない
むしろ世界は
見えないものに支えられているところが大きい

みんなにきちんと役割がある
泣きたいときは、涙を止めないで
笑うときには心の底から
怒りたくなったら・・・けんめいに
何かに取り組んでみよう
誰かに話すのでもいい、ただし
できるだけゆっくりと
しずかに語ろう

君の笑顔が誰かの幸福になる
君がいるからがんばれるひとがいる
大丈夫 だいじょうぶ
君はひとりぼっちじゃないから
がんばっていることをしっている、
見守るまなざしがあることを
どうか わすれないで

楪 蒼朋 Yuzuriha Souhou

桔梗によせる想い

桔梗の花を、実際にみたのは数年前。

手元の植物図鑑を見るかぎり、わりと広範囲に生息しているようですが、「山野」っていうのが鍵なのかな?・・・そもそも何で浮かんだんだろう・・・
そんなことを思いながらずっと桔梗の花に逢いたいと願っていたのでした。

処は晴明神社。・・・ブームより少し前から、安倍晴明というかたに関心があったのです。
といっても、歴史に詳しかったわけではないし、その分野の学問にふれていたわけでもなかった。ただ、このかたに関しては謎の部分が多いとされていることから多方面での見解があるというのが面白かったのかもしれません。実在するとかしないとか・・・その他諸々。
参考文献にもあたりたいところですが、現況では少々無理がございまして。
陰陽道がらみの本は一冊読みました。・・・しかし、物事は諸説ありますからこのあたりも識者によって分かれるんだろうな。

時季がすぎようとしていたこともあって、咲いていたのは一輪でしたが・・・
来るのを待っていてくれたみたいでとてもうれしかった記憶があります。しかも、白い桔梗だったから。。。

一年ほど前には催しのあった会場の近くで見かけました。そのときは紫の花でしたが、ふしぎなことがありました。。。。

桔梗の花のかたちを思い浮かべてみてください。
・・・星のかたちに似ていると思いませんか?あくまで記号化されたかたち、ですが。
符号ともいうかな?ちなみに晴明神社の社紋もこのかたちなのです。
この花に惹かれるのは色合いやかたちもあるのかもしれない、でも、たぶん・・・
咲いている雰囲気がすきなのでしょう。
華美ではなく、ひっそりとしているけれどしっかりと根をはって、きりっとしている。
どこか凛々しさを感じさせる姿・・・・・・

そこからさかのぼること何年か前の自分には、そんなちからはのこっていませんでした。
どうにかしなければと思えば思うほど、じわじわと闇に取り込まれてちからを奪われるばかり・・・動くこともままならなかった。
だから、晴明神社で桔梗に出逢ったのは奇蹟のようでした。・・・夢だと思った。

時折、自分の存在なんて誰も必要としていない、そう考えてしまうことがあります。
そういう人って多いんじゃないかな。だけど、そうはみえない人も実は同じようなことを考えているのかもしれないのです。傍目には何の悩みもなく、何の努力もせず、何もしていないように映ることもあるでしょう。現にそういう場合もあるにしても多くの人は、陰でものすごい努力をしたり、とてつもない苦しみをかかえていたりもするのです。
私はそうしたひとをたくさんみています。

“ちゃんとじぶんのことを愛してあげなきゃね”
心友のひとことが、私を照らしてくれた、そのあかりを
誰かにおくりたい
・・・どことなくこの想いに通じるものを感じるのは
演劇集団スプートニク主宰の吉岡毅志さん
お芝居も素敵ですよ、ほんとに温かさが伝わるようで

桔梗は語るわけでも何かを伝えるわけでもありません。
必要とされてるかどうかなんて関係なく花を咲かせます。
在るだけでいいのです、人もおなじ。
誰かがきっとみています、想っています、祈っています、あなたのことを。
わたしは桔梗の花言葉のようにありたい、そう願っています。

心の音楽* A Talk with the Wind * Shigeko Suzuki

いつかやってくる、そのときまで

ずっといっしょだと思ってた
何の疑問もなかったころ

でも、気づいてしまったんだ
どんな命にも、おわりがあるってこと

ふだん何気なく過ごしている時間
それが終わらないものだと錯覚してしまう

事故か病気か、災害か人災か
いつやってくるのかは誰もしらない

近くにいるひと、遠くにいるひと、
・・・心が、いつも寄り添っているひと
そんなひとたちとの日々を、空間を
愛しく想う

後悔のない人生はない
だけど少なくする術はある
そのことに気づいたなら
大切にしたい、本気で生きることを

この瞬間は一度きり
いなくなったりしないよ、なんて
約束はできないけれど
さいごのときがおとずれるまで
ずっとずっと
あなたのそばにいたい

落第生

・・・優等生になりたかった訳じゃない。「ふつう」でいたかった。
自分はそのつもりで過ごしてきた、・・・けれど。

「ふつう」って、何だ?

世間的にみれば私はすでに「ふつう」ではないのかもしれない。
敷かれたレールをはずれて、転がりはじめた自覚はあった。
ただ、あのときの自分にはそうするしかなく、無意識の自己防衛本能だったと
いまは思っている。

周囲には身勝手としか映らなかっただろう。
「常識」で考えれば当然、だから自分を責めさいなんだことも幾度もある。
こんな自分に何の価値があるのか、と

立ち止まり、うずくまり、殻にとじこもり、声もだせず、どうすることもできなくて

救うとか、癒すとか、なぐさめ・はげましではなく何の見返りもないのに
さりげなく「声をかける」ことをしてくれる、そんなひとの存在
・・・結果ではなく、私がそれまでにしてきたことをきちんと受けとめてもらえたありがたさ

そんななかで一進一退ではありながら、私は動くことがやっとでも
歩き続けることを選んでいた。

あるとき先輩がいった言葉
“きょうが10%、あしたが30%、あさってが70%でも次の日は0%かもしれない。
 だけど、一歩でも進もうとすることがだいじなんじゃないかな。たとえ、失敗したと
 してもね”
・・・そういった内容だったと。

かたちを変えて、私の背中を押してくれるひとが増えた。
少し前にあるかたが、そのひとの本の話をされていて思い出したのである。
作家の鷺沢萠さん。面識はないけれど、ぼんやりと印象にあったその名前が表面化したのは皮肉にも鷺沢さんの死の直前だった。

多くの本に接してはいない、でも、ばくぜんとした親しみが共感にいたるのに時間はかからなかった。叱られても呆れられてもいいから、話してみたかった。。。。。。

『F 落第生』のなかで、鷺沢さんは書いている。
「後ろをときどき振り返りながら、おずおずと、おっかなびっくりに歩いていっても構わない」
「強くなくても優しくなくてもカッコ悪くても構わない」
・・・これはそのまま私の心境であり、処女作になった『僕のたからもの』のラストの(わたしの)つぶやきにつながっているのだろうと。

立派でなくても、はなやかでなくても私はいま、生きている、生き延びている。
自分の意志で歩んでいる実感とともに。

「ちょっとずつでも歩くことを止めさえしなければ」、大丈夫
・・・鷺沢さんは、微笑って見つめているだろうか。

文(ふみ)をしたためる

書道にたけている、というのであれば格好もつくのだが。
筆文字はきらいではない、しかし
私は美しい文字が書けないのである。

もちろん、相応の手法で「美しく」書くことは可能であろう。
けれどいつしか字体に対するこだわりは薄れた。
それよりも自らの手で書く、ということに重きを置きはじめた。
・・・故にただのあがきではあるが、道具に気持ちをそそぐことを
おぼえているところだ。

字体は急には変わらない。
美しい、にはほど遠いけれど何で書くかにより、
変化はみえる。・・・気のもちようでもあるが。

言葉を具現化するにはメールや文書作成ツールでもかまわない。
それぞれの良さはたしかにあり、私もつかっている。
特にメールについていえば、そこでしか書けない、ということも存在する。

手書きなどというと時代遅れもはなはだしいという向きもあるかもしれない。
そのことを、人に押しつけるつもりはない。
でも、わかる人にはわかると思うが・・・自筆の手紙をもらったときほど
心躍る瞬間はない。いや、事務的なものでなければ
ワープロで書かれた手紙にも感極まったことがある。
だから、なのだ。
私はアナログ傾向が大きいため、との理由のみでなく、
手紙であるからこそ伝わるものがあると信じ、決して
文をしたためることをやめずにいるのだろうと。

これにはもうひとつ理由がある。
・・・心身が機能していることの確認である。
「手」で「書く」とあたりまえのように言っているが、その「手」が
物理的に動かせないことを考えることがあるだろうか?
一時的に不自由になることで苛立つことはあると思う。
でも、それがずっとだったら?
実際に私は・・・機能がストップしてしまい、「絶望」がよぎったことがあった。
しかもそれらの多くは精神的なものと連動していると考えられるため、
治癒しているようにみえてもいつまたその症状に襲われるか不確かである。

恐怖心がないといえばウソになる、けれどじっとしている訳にはいかない。
私の場合、「書く」ことがすべてにつながっている。
そう自覚したときから字体も形式も気にしている場合ではなく、
「伝えたい」・「伝えなくては」との想いから言葉を綴り続けている。

非常識なことも多いだろう、無作法も承知している。
だが、自分の運命は誰にもわからない、明日どうなっているのかさえ。
この世から消えるそのときまでにやれることはやっておきたい、それだけ。

心身のバランスを極度に欠いているときは、書けない。
ただ、そういうときだからこそ書ける、書きたいかたもいる。
すべてを伝えることは無理だろう、それでも可能なかぎり
真実の想いを届けるために

『文をしたためる』、ということは私にとって何をおいても尊重される、
財産のようなものなのである。

“幸福であるように”
そんな祈りもこめて

わんことにゃんこ

すなおに書けば、イヌとネコです(笑)
ここを訪問されてるかたはすでにおわかりでしょうが、お茶犬のキャラクター好きでして。
しかしながら流行にうとく、おのぼりさんなので新しいキャラを知らず、もっぱら元祖の彼らをいまごろ追っかけてます。キャラクターブックでようやく確認してますが、やっぱリョクが好きやなあ。。。

ああそうだ。グループあたりも判別できるの「5」くらいが限度みたいです。
ジャニーズのにーさんたちもあんまり数が多いと誰が誰やら・・・
なのでお茶犬キャラふえても覚えられないかも??

よく「イヌとネコどっちが好きですか?」という質問に出くわしますが、私はどちらかといえばイヌ。だからといって、ネコがきらいということではないんです。
ちょっぴり恐いことがあったので、近づきにくいってことはあるけど、人間だってそうでしょ?一人苦手だ~って思っても全部がきらいになることはあまりない。それといっしょでネコも種族や性格によってそれぞれ異なるわけだから、いきなり「キライ」っていえないんです。
イヌでもネコでもいっしょにいて情が移れば家族とおんなじ。
どうしても苦手で近づけない、暮らせる環境にない人には理解できないこともあるかもしれませんが。

捨てられたり迷子になったりで引き取り手のない動物たちがふえ、やむをえず多くが処分されているそうです。おなじ「いのち」なのに、生きたいと願っても生きられない・・・
人も、ほかの動物たちもどうにか生命が引き継がれてゆくことを祈るばかりですが。

生まれてからいままで、私は二度イヌとかかわりました。
一度は間接的に、ですが。すごく重みはあって・・・それは私が生まれたころの話。
「赤ちゃんとイヌがいっしょなのはあまりよくない」と周囲から助言され(それ相応の理由と、別の特殊な事情もあったようです)、その子を手放さざるをえなくなった。とてもかしこい男の子で、すごく可愛がられていました。転勤族でもあり、誰かに頼むこともままならず、役所に連れて行くしかないと思ったときたまたま親戚の人がやってきてお願いすることになったそうですが・・・それからまもなく、その子は死んでしまった。

家族と離れて、しょんぼりしていたのです。ごはんもだんだん食べなくなって、衰弱してしまったのだろうと。知らせをきいた家族は号泣したそうです。私がそのことを知ったのはずいぶん大きくなってからだったけれど。
・・・仕方がなかったといえば、そうなのです。でも、生まれた私がその子の命を奪ったんじゃないかって・・・顔も知らないその子に「ごめんね、みんなと離れたくなかったよね」、そうつぶやくしかなくて。

二度目は女の子でした。“さくら”と呼んでおきます。
この子とは12年くらいだったのかな・・・ちっちゃいときから見てるから、ホントにいろんなことがあって。寿命、といえばそうだったかもしれない、だけど、私には突然だった死。
いつもあたりまえのようにそこにいたのに、声も、重さも、ぬくもりも、すべてなくなってしまった。・・・看取ったのは母だけでした。

私には特別な能力はありません。でも、なぜかどこかに・・・気配のようなものを感じることはあります。それはもしかしたら、あの子たちのまなざしなのかなあって。

こういう話はなかなかできないですが、ここにくるとほっとして。
お茶犬たちのおかげかな?
リョクとサクラがならんでいる、そうっと寄り添ってる感じがすきなんですね。
こんなふうにさりげなく、おだやかでやさしい時間がすごせたら。。。。

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