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2008年8月

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『・・・只今、神経回路が混線しております・・・』

どこからかそんな声(おと)がきこえてきそうな、感覚

おそらく発売一昨日ですね。KinKi Kidsの27枚目らしい
ドラマのテーマ曲です。

たしか本日、ミュージックステーション出演なのでは??
(先週も、でしたね)

コンサートツアー中ということらしいですが、つくづく歌い手さんとか役者さんとか、そうした業界のかたって大変だな、と。
FCその他には所属していないのであまりイベントやコンサートには縁がありませんが、
応援のやりようはそれぞれなので。

ちらっと聴いたかぎり、いい曲だし触発されるところもありそう
CD購入するかはわかりませんが。。。
人っていうのはミステリーみたいなものだからね

全国的に天候が安定しないまま・・・
雨がひどくならず、すこし晴れ間がみえると良いのですが。
外出されるかたもそうでないかたも、くれぐれもお気をつけて

生まれなかったかもしれない、三歳のふたりめ

わたしは人がきらいだと思っていた。
でも、ほんとうにきらいなら、きっとこの場処にはいない。

物事が便利になっていく、それは世の常だし良いことなのだろう。
けれど何でもすぐ手に入る、何でもやれてしまう、・・・それがすべてだと錯覚してしまいかねない。実際は、そうではないことのほうがはるかに多いのだから。
人間は皮肉なことにじぶんで開発したものから知らず支配されてしまっている。
機械にはないはずの心、それすらどんどん置き忘れられていく。

自由、というものへのあこがれ そしてすでにそうだと感じることも
・・・でもそれには責任がともなうということをしっていますか?

生きていくうえで、人は何かしらの縛りがあります。どんなに自由にみえても、ひとりきりですべてをまかなうことはできません。しらない、みえないものから支えられている、ひとつの縛り・・・人間関係においても、ゆるやかな束縛が必要とされます。
なぜならそれがなくなってしまえば世界が、無秩序な、無法地帯と化してしまうから

わたしという存在(せかい)が荒廃し、崩壊しかかったことがある
・・・じぶんひとりなんて、どうなろうとかまやしない、そんなふうに
だけどそう思う人間がどんどん増えてったらどうなるとおもう?

生まれてから誰ともかかわらずに過ごせるということはない、だから
じぶんに何か起きたら誰かに波及するんだ
親、きょうだい、友人、知人・・・じぶんが気づかないだけで、みてくれている誰かがいるかもしれない
もう何を信じていいのかわからなくなったとき、わたしは覚悟をきめた
じぶんになにが起きても後悔しない、と
そのとき初めて心の底から誰かを想い、人を信じた、恐れずにじぶんをさらした

『君はそれ以上~出会い』は、さまざまな想いと願い、祈りのなかから生まれた物語です。
素人の描く、しかも暗いトーンの物語なので、どのくらいのかたが手にされたか、どんなかたが読んでくださったかわたしには知るすべがありません。
・・・ただ、じぶんが思うより多数の流れについていくことのできない人も、息切れを感じる人もひょっとしたら多いのだろうか?だとしたらじぶんにできることは、と考えたときにあったのがこの物語と、そこに生きる青年たちでした。

彼らはわたしの分身ですが、同時に独立した『人間』でもあります。
そのとき、とうに彼らは語り始め、走り出していた。。。

以前お話ししたことがあったと思いますが、この物語は小椋佳さんの音楽をモチーフにした側面もあります。
小椋さんの“デジャ ヴ”を耳にしたとき、とめどもなく涙がこぼれた
どうしてだろうと不思議だったけれど 心があれほどふるえるなんて、なかったから

現実にたくさんのちからをいただいてかたちになった一冊
その原動力となった彼らに感謝**
スーパーマンでもヒーローでもない『人間』だからこそ思い悩んだ彼らのかけら

日下翔(くさか・しょう)
『オレとお前は、もともと“ひとり”だったんだ・・・・・・って。けど、ひとりに全部背負わせるのはつらすぎる。だから神様が“ふたり”にしたんだって』
・・・命をおとすかもしれない瞬間につぶやいたことば。
信じるものをもたずに生きてきたひとだったから、なかなかいえないな・・・

的場武士(まとば・たけし)
『オレが翔のこと認めなかったときだって翔は黙ってそばにいてくれた。オレのこと見すてなかった。(中略)オレにとっては翔のとなりにいられることのほうが大事なんだよ!!!』
開きかけた心をふたたび閉ざし、じぶんを遠ざけようとする翔に叫んだひとこと。
大局は重要だけれど、そんなささやかなひとときを守りたい、そう思うことはないでしょうか

ごめんなさい、ながくなりました。
いつ語れるかわからない、いまじゃなきゃできない、そう思うことが多くなって
刹那を大切にしたいから

あなたのたいせつな、だいすきなひとはだれですか?
みんながいっしょに笑顔でいられるよう、祈ります。。。。

ひとりだから孤独なのじゃない

もし、世界にじぶんがひとりきりだとしたら
その概念は成り立たない
「ひとりきりじゃない状態」を知ることがなければ
あたりまえのものになるのだから

他人に関心をもたない場合も同じこと
視界にはいらないのだから
ひとりのときとさして変わりはない

そう、感じるのは
他者を意識しはじめたときから

比較対象が出現することで
さまざまな感情がわき起こる
だから そのこと自体には問題はない
何も特殊なことではないから
恐れる必要もない

ただ、そのことで自らを
追い込みかねないときが危険

・・・ならどうする?

人によって対処はちがうと思うけど
できるかぎり動かさないように、
している、わたしはね
アタマも カラダも ココロも
でないと空回りしてしまうから

でも、ひとりきりでいることで
つよくすることもあるんだ
ばらばらになった からだとこころを
けんめいにあつめて
ほんのすこし、じぶんを

どうしたいの? ときいてみる

つらくなって泣くこともある
だけど、想いは
そうやって育まれていくんだ

いまは、「平成」
「昭和」の同じ年に、
ひとつの戦争が終わりを告げた
・・・なのにいまもどこかで
戦争は続いている、起きている

武器のない諍いもたえることはない

生命すら犠牲にして・・・

人はなぜ争うのだろう?
何故傷つけあうのだろう?
どうして憎みあわなければならないのだろう?

そんなにしてまでいったい、
何を得たいのだろう

。。。じぶんのなかに脈々と受け継がれる命をおもう。。。

流れる赤い血は、けしてひとりきりのものじゃない

33分!!

ウルトラマンのカラータイマーではありません(笑)
・・・あれは3分、でしたっけ?

しかし実は1分間というのも意識するとけっこー長い・・・
たしか小学生のときだったか、帰りの会(?)で1分間スピーチというのがあって、
しゃべんなきゃいけなかったんですが、へたすると30秒くらいでおわって

ま、その話はおいとこう(汗)
あるとき何気なく新聞をみていたら、とある部分に目がとまった。
「・・・ん?」 いやはや、けったいなタイトルやな~ではじまったそのドラマ、
動機は堂本剛氏の名による。「あ、そーいえば」
剛さんファンにはすでにおわかりかと思う、ドラマタイトル『33分探偵』。

深夜番組は現在御法度ゆえ、録画して観るわけだが、只今第一話のみ。
ちなみに剛さんは『金田一少年の事件簿』でもある意味、探偵であった訳である。
・・・しかしだ。このドラマはあまりまじめに観てはいけない、というか愉しむゆとりが必須。
タイトルみた瞬間に「何じゃこりゃ??」と感じたが・・・これ、ほかの人がやってたらちょっと~~ってとこだったかも(あくまで私の感覚)

なにしろ、すんごいゆる~いのだ。
高速化のご時世、相当すべてがせっかちになっていると思われる、ぴりぴり
・・・なのでせかせかした人にはおすすめできない。
剛さんふんする鞍馬六郎(・・・だっけか?どっか時代劇調のネーミングだと感じるのは私のくせ・・・??)のしゃべりはよほど慣れた人か鈍感な人、もしくは気長に待てる人でないときちんときけないのでは、という気がする。
そうだねえ・・・無声映画を現代風にアレンジした、と思って観るか?
映像でなければ表現しにくいものではある、・・・遊び心がはいってるとみるか

一風変わったドラマであることはたしかなようだ。
さて、これから六郎くんはどうなっていくのだろう??

いっこ追加します。きわめて個人的こだわりでいうと
“33”ってちょっぴり(!?)特殊な意味合いがあります。
そういうとこで、番組制作者さま、・・・何故、私の心中を知っている!?(恐)

★経過報告:『忍びの者』(全五巻)はようやく第三巻から第四巻へと移りました。
いよいよ真田十勇士が出会い、戦がはじまっていきます・・・

**言葉・歌・詩**

立秋をすぎたようなので、すこしは涼しくなってくれると良いのですが。。。

天候もどことなくとまどっている様子、こうなると生き物に変調があらわれるのも自然ですね。

昨今は言葉のもつ意味がうすくなった、といわれます。
それは同時に軽々しく用いられるようになったということなのでしょうか?

その場しのぎの言葉、集団に押し切られるなかでの言葉、
特定の内部でのみ通じる言葉・・・そこには心がはいっていないのかもしれません。

言葉は、話す・書くどちらにしても発した人間は忘れてしまいやすい。
でも、受け取る人間は良くも悪くものこっていくのではないかという気がします。
だからやはり、心をつかわなければならない。

この前、途中からだったのですが、亡くなった作詞家の阿久悠さんに関する番組を観ました。・・・ドキュメンタリー形式、といってもいいのかな?
時代の変遷ということもあるのでしょうが、あのころの歌はほんとうに時代を映していたものが多かった。そして、誰もが口ずさめる歌があった。
私が好きだったのはピンクレディーと山口百恵さん。歌い手さんはそうだったけれど、知らずに歌っていた阿久さんの歌もたくさんあったんです。

一面識もないかただったのですが、身近に感じていた。
いま考えると、阿久さんと共にあの時代を生きていたんだなあって。
ちょっぴり不思議な感覚。。。

多くのものにふれていなければ、さまざまな世界を知ろうとしなければ、言葉はついてこないし、いざというとき話ができません。もし、言葉としてのかたちが成せなくてもそのことについて理解を深めていればちがう角度から語ることも可能になる。それが歌であり、詩であり、小説でもあると思うのです。

私の生きている時間は阿久さんより短いし、知る空間もおそらくはるかにせまい。
それをいかにひらいていくかはこれからにかかっているのだろうけど・・・
自分なりにこの瞬間もっている言葉を綴っていく、感じる言葉を紡いでいく。
その基本姿勢をくずさずにいたい。・・・たとえ他人に愚かにみえたとしても。

一年が経過しているとは思えないくらい・・・
いまも阿久さんの気配を色濃く感じています。

ものすごく言葉というものに、真摯に向き合っていたひとだったんだな。。。。

夏のたより

私はゆっくり物事をすすめないと抜けができてしまうので(笑)、どちらかといえばすこしずつ書きながら作業するほうが良いようです。
実際に紙に書きながら、だったりあたまのなかに描いたり。

すらすらと書けるのではないけれど、手紙(葉書)をかく時間を大切にしています。
これは、こころをみつめる空間でもあるから

たくさんは無理なので、毎年、そのときの状況に応じて夏に便りを出します。
基本はかもめ~るなのですが、絵柄がちょっと・・・と感じるときは文具屋さんに出かけて選んでいます。

さて、ことし。
何気なく郵便局でちらしをみつけて眺めていたら、「予約できますよ~」とまさに絶妙のタイミングで局員さんの声が。・・・で数分後に問い合わせ電話をかける私・・・
しましたよ、予約。しかも初ですわ(笑)

かわいかったんですよ、ラジオ体操の絵柄☆★☆★

朝起きが苦手だから、夏休み早朝たたき起こされてご近所の広場まで行ってましたが、たいていお盆前くらいまでしか行かなかったような・・・
あのころは午前中は比較的涼しかったですね。

80周年とはしらなくて。でも、考えてみれば機能的な(?)体操だなあって
たぶん、地域や団体でつくられてる体操というのもあるのでしょうが、やはりラジオ体操がいちばんなじんでる気がします。

遠くのひとに会いに行く。。。
そんなきもちを託して一筆おくりませんか?

年賀状ほどはなやかではないけれど、いただくとうれしい夏のたより
印象深い一枚があります。めったにこの時季に届くことのない便りでもあったし、
思いがけないかたからだったので。。。。
ふと旅に出かけたくなる景色の美しいお葉書でした。
ひまわりの花や虹もきれいだったなあ

雨の匂いと感触

子どものころ、長靴をはくのが楽しみだった
よく水たまりにはいって遊んだっけ。。。

天気としての雨はきらいな人もいるだろう
近年は気象条件も変化して、大きな事態にもなっている

わたしもそれほどすきだったわけじゃない
。。。ただ、このごろ気になってしかたなくて

音色が心地好いと感じたり
雨にからだをゆだねる、浸すことで安堵したり

そうしてじぶんが自然の一部だとたしかめる

雨(みず)の香りを感知する瞬間が
とてつもなくせつない

そこに同化してしまいたいとさえ

空気(かぜ)が、ささめく。。。。

True Colors

鈴木重子さんのアルバム『Silent Stories』に収録されている曲です。

原曲がおそらくあるのでしょうね。。。
わたしは外国語わからないので、ほかにも歌ってらっしゃるかたもいるかと思いますが
ここでは重子さんの歌について。

日本の歌い手さんも最近、カバーアルバムだされることふえてますよね。
聴く人によって印象がちがうのと同じで、歌う人が変わると雰囲気が異なりますね。
(アレンジによって大きく変わる部分もありますが)

外国の歌は、どちらかといえば曲調で愉しんでいる感じなので意味を深く考えないことも多いのですが、訳詞が良いとほろっときます。誰が訳すかでずいぶんちがってくるのかも・・・

このアルバムにも歌詞は書かれてあるし、訳詞もついています。
たぶん、重子さんが詩を。。。
すごく“やさしく、やわらかい”空気感がかもしだされていて。

色、というのは個性や人柄といったものを描いているのかな?

じぶんってなんだろう?どんなひと?
みんなどう思ってる?
好きな花は?気になる色は?
似合う服はどれ?なにをのぞんでる?

じぶんにクエスチョンがふえていくと、だんだん混乱してくることがある。
だからといって、それをやめるわけにはいかないと思うのです。
用意されたこたえはないけれど、その都度、いろんな発見があるのでは??
それは多くはなにかに、だれかに触発されたり刺激をもらったりで「わっ!?」という驚きが生みだすもの。
そういうのって素敵だな、と感じはじめたこのごろ。。。

たしかに未知のものにふれるのがこわくてたまらない、という面もあります。
だけど“ふれたい、ふれてみたい”って感じたならふれることができるかもしれないのです。
わたしは手探りのさなか・・・?
じぶんがわからなくなるときがあったとしたら、それはやすみながらすすめばいいというシグナルが発せられているのでしょう。
無理をせず、じぶんのはやさで

近くにいる、遠くにいる、そうしたことに関係なくきっと、いろんなひとに、ものに、
見守られているんだな
できることならわたしもそんなふうに、見守るひとでいたい。。。
重子さんの歌を聴くたび、そう感じて涙がとまらなくなる
去年発売された『LOVE』にも、生命のかがやきを感じさせる美しい曲がたくさん入っています。

この曲はかなり異訳になってしまいそうですが、
わたしのなかではこんな『声』*おと*の響き

“あなたという真実”

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