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2008年7月

眠れぬ夜に

心配ごとでいっぱいなとき
つらくてたまらないとき
病気や特殊な症状のとき。。。

眠れないことってあるよね

それは大人だからとか
子供だからとか
大きい小さいなんて
簡単なことじゃない

その人にとっては大変なこと

眠れないことがあんなに苦しいなんて

からだが起きていても横になっていても
朝なのか夜なのかさえわからず
ひたすら怯えていた

経験したことのない、もしくは
それを短期でこえられた人は
弱いからだというだろう
その通りかもしれない

でも、すべての人間がその人と
同じ反応をするわけじゃない
強い人ばかりじゃない

幻なのか現なのか

何処を歩いているのか不安になることも
あるかもしれない

じぶんの存在が、とてつもなく
うらめしくなることがあったら
だれかをのろわしく
感じることがあったら

それでもどうか
じぶんを責めないでほしい
そして、あなたのこころに宿る
たいせつなひとを想ってほしい

だいじょうぶ
おなじようなきもちのひとが
この空の下にいるから
しらなくても、あなたを
想っているひとがいる

あなたがだれかをもとめるように
だれかがあなたをもとめてる
。。。人ってそんなものなんだよ、きっと

信じようとせず、人に背を向けるほうが
ひょっとしたら楽なのかもしれない
だけど、うらぎられたとしても
全力で、本気でぶつかっていくひとは
素敵だなって

だからわたしも、
そんなひとでありたい
みっともなくても、しんどくても

こころにかかることがあるのは
しっかりとじぶんをみつめようとしてる
証拠なのです
ごまかさずにいることに、自信をもって

気づけばそばに、本があった

いまも読書感想文を書く習慣はのこっているかな?

うーん・・・、読むにしても書くにしても入り口は肝心だね。好きな人はいいけど。
でも、時間がたってから変わることもあるから、あんまり(もし今、苦手だとしても)考えすぎなくていいとおもう。それに、そっちが好きになれなくてもちがう入り口がみつかること、あるんじゃないかな。

わたしも、いまだに得意だとは思わない。ただ、好きだからかかわってるんだね。
役に立つとか立たないとかで考えちゃうと、愉しめなくなっちゃうからつまんない。
じぶんの体験からすると、なんぼか役立ってる??って感じるの、ずいぶん後になってからが多いんだ。それと、何気なくやってたことのほうがじわーっと効いてきたり。

作文や日記キラいだったから、もうやだっ!!と思ったこと何度もある。
本も、むずかしいものが読めなかったからこれじゃあかんのかなって思ったし。
けど特別なことはしなかった。・・・なんかよくわかんないうちにあれ?って状況になってて。
たぶん、言葉は教科書読んで、辞書で調べて・・・そのあたりからだったし、耳から入ってくるものの影響も大きかった。両親、祖父母、近所のおじさん・おばさん・・・当時も相当古くさいといわれたけど時代劇も関係してたかな。

読むことや書くことが必要になるのはそれによって言葉を体得するから、なのです。
そこが基本になって意思の疎通が可能になる。

はじめは推薦本からでも良いのです。もしくは図書館で借りる、といった手段でも。
合う合わないはともかく、どちらにしても何かがのこっていくと思うのです。

活字を意識しはじめたのはごく最近、ですがわからないまでもいつしか本というものは生活の一部になっていたんですね。
ほとんどまともな(人間の?)生活とは思えない以前の仕事のときも、疲れてるんだから帰って寝ろよ、という内面の声をききつつ何故か書店に向かっていました。・・・で、コミックをばさっと買って速攻で読む、しかも夜中までかけて・・・翌日仕事だぞ!?おい(汗)
そんなこんなで買ってた本を振り返ると、銀色夏生さんの詩集やらメンタル関連のシリーズ本やらが占めてた感じです。いまはほとんど手元にはありませんが・・・そのときは必死だったんですね、ちょっと気を抜くとぶっ倒れそうだったから。

結果として心身ずたぼろになりましたがおそらく、そのころに読んでたものが自然に吸収されて形成されてた部分もあるような気がします。だからこそ、もっと深くかかわりたくなった。・・・それはわたしの場合、人とのかかわりにも似ています。

書店で、子どものころに読んだ本を見つけると感慨深いです。
そんなふうにゆるやかに。。。じぶんやまわりのひとと交流が保っていけるといいな。
もちろん、晴れの日ばかりでなく雨になったり嵐がきたりすることもあるだろうけど。

願わくばあなたにとっての大切な一冊とおなじように
素敵な出逢いがおとずれますように

*ゆずりは*

水底にねむる

生命の起源は海だともきく

海へいかなくなって、いや、
いけなくなってどのくらいになるんだろう?

海だけじゃない
川も池も、湖も
じっとみつめていると吸いこまれてしまいそうで

なのに意識のとどかないはずの
わたしのなかの水はささやく

人をかたちづくる大半が水だとすれば
ごく自然なことなのだろうけど

ほんとうは、陸も海も
水にいだかれているのかもしれない

とてつもなくおそろしく、なつかしい、
あたたかな水・・・

みえている、感じている、
そして未知なままの“わたし”

・・・在処は、どこ?

∞∞宇宙感∞∞

『宇宙』ときいて何が浮かぶ?・・・という発想から

あくまで一個人の感ずる処にて「そりゃちがうだろー」もありかもしれませんが。

俳句:きちんとふまえてないので感覚のみで述べると、17音のなかに『宇宙』が広がっている気がする。どっかでそうした表現みたかもしれませんが・・・黛まどかさん、まだまだ勉強たりなくてごめんなさい。
雅楽:東儀秀樹さんの影響も大きいでしょうが、認識のなかったときから耳にしていた音色に悠久の流れをくみとっていたのでは・・・近年になって生命そのものが『宇宙』ともいえる、とすると脈々と受け継がれる(滅びることなく)この音色が『宇宙』と結びつくのもうなずける?どういえばいいのか。。。
花:コスモスという花、単語で『宇宙』の意味もありますね。一本だと頼りなげな感じだけど、季節にみるときは群生してますよね。あれは、一本いっぽんがしっかりとからみあって互いを支えているのだそうです。荒木幸史さんの絵をみたときになるほどな、と思いました。以来なぜか、荒木さんのコスモスをみるたび泣いてしまう*

。。。もうひとつ、私のなかで『宇宙』が浮かぶ風景がある。。。

無限の可能性を秘めた舞台、という空間。あそこにはとてつもないエネルギーが隠れている。一瞬一瞬にかける意気込み、それがダイレクトに伝わる、観る側も気が抜けない、その醍醐味。・・・なんか憑いてる感じだね(笑)

さて、目下気になっているお芝居『ペガモ星人の襲来』。タイトルからして気になりません??バルタン星人思い出した・・・あれってみるたんびにザリガニ連想してたんですが、ベースはセミらしい!?そんなんしってるさ~っていわないで(泣)
何度か公演されているようで、ご存じのかたもいるかな?えーっと、8月の中旬からおわりまで東京と兵庫(?)で公演あります。イープラスとチケットぴあは発売されてたかな。
ほかも取り扱いはあると思うので、お近くのかたはぜひ。
ものすごーく興味あるんですがっっ

・・・『宇宙』を感じる瞬間ってどんなとき?

やわらかく、しなやかに

東儀秀樹さんの「TOGI+BAO」のコンサートへ行って来ました。

東儀さんといえば雅楽、雅楽について、また「BAO」とは何ぞや?と説明するとものすご~く長くなってしまうので、検索および本屋さんなどで調べてみてください(笑)
東儀さんご自身も本を書かれています。

「TOGI+BAO」のコンサートは、結成時に一度行ってますね・・・
なかなかタイミングが合わなくて行けなかったんですが、今回のコンサートは楽しみでした。

周辺の人たちの声がはいってくるのでなんとなく聞いていたのですが、二胡はホントにすごかったです。ヴァイオリン的な音も含んでいて。もちろん、演奏するかたの技術にもよるのでしょうが・・・メンバーは上海にて東儀さんが選抜したかたたちなので、まさしくスペシャリストばかりです。
聴いていて感じたのですが・・・西洋音楽がきらいなわけではないけれど、楽器の音色などが和楽器(民族楽器?)のほうがすんなりはいってくるようで。どこかしらなつかしいものをおぼえるのかな・・・細胞レベルでじんわりとしみてくる。包みこむようなところがあるのでしょうね。

合間に東儀さんのお話もぽつぽつとはいりまして、いろんな想いを受けとめていると自然に涙でいっぱいになっちゃって。・・・どうしようかと思っちゃった。

そんなこんなで、当初予定してなかったのにパンフレット買いまして(汗)
これからじっくり読んでみようと思います。

アルバム『Every Little Life ~生きとし生けるものへ~』、発売中

。。。天(そら)からの音が舞い降りる

『想う』ちから

“すき”というきもちはとても大切

かたちは、いろいろ

「恋」という字
「愛」という字
「情」や「意」、念じること・・・

ことばにすればいくつかのもの

けれど、その奥にはたくさんの
こころが込められているんだね

理解できなくっても、
ありえないって思っても
はじめに“すきだなあ・・・”と
感じたときのこと、
いまあるきもちを
想い描いてみてください

それがきっと、
あなたを輝かせる
エネルギーになる

*七夕によせて 秘めた想いや心に期するものがあると思います。
それらの願いがかなうことを祈って。。。
胸にしまわれたはずの想いが結実したものが
『僕のたからもの』であり、『君はそれ以上~出会い』です。
そのカバーデザインを担当くださった、なかむら:しずこさんから
コメントをいただきました。あらためてありがとうございます。
そうして、きっかけをくださったすべてのかたへ感謝をこめて

わたしから
大好きなあなたへ

たのもー

たまに漢字を忘れる。やはり書かなければ消える。

さすがに手書きは減ったよなあ・・・
状況は理解してるけど、やっぱさみしい。

まあ人それぞれだからね。私の場合は好きだから書いてるってのと、現況では体調はかるのに不可欠だから。・・・なかなか字はうまくならんが・・・受け取るかたに読めるようには書いている、と思う。。。
嗚呼、美しい文字が書きたいっ!!友人・知人・先輩諸氏のみなさま、ごめんなさい~~(泣)

如実に影響してんなあと感じるのは、文具類と郵便関連かな?
もう何年か前だけど、さくらめ~るがなくなったときはしばしぼーぜん。
・・・春、けっこう楽しみにしてたんだよ~(涙)
夏のかもめ~るはいまんとこ存続してるみたいですが、どうもあやしいな・・・動きが。

はがきやカード、レターセットを選ぶたのしみというのは何にもかえがたいのです。
届けたい相手のことを想って手にしていると、心がやわらかくなって、ほんのりあたたかくなる。。。とてもたいせつな時間は、そこからはじまっているのです。

可愛らしいものも良いのですが、年代問わずにつかえそうな便せんとか封筒とかって見つけにくくなってきました。あんまり堅苦しいのもちょっと・・・
季節ものもわりときれいなので選びますが、できればオールシーズン対応できそうなものがほしいです。
・・・で、はがきの料金で送れるシークレットタイプのもの(中に何もはさまずぺたっとくっつけるタイプのはがき)、種類ふやしてくれません??
あるとこにはあるんだろうけど・・・開拓しよ。貼るのあんま得意じゃないんだけどね、わりと重宝してます。

たーのーむーよ~~・・・ってどこにおねがいしたらいいんだろ

水の精

。。。たしか水晶のことを、そのように呼ぶらしい。。。

手元に資料ないままに書いているのでうろ覚え(すいません、脳みそ半分寝てます)
時間がないので話すすめます。・・・ゴーイングマイウェイ☆

水晶の種である鉱物って色々あるんですね。紫だとアメシスト、ピンクだとローズクオーツ、茶ならスモーキークオーツ・・・えっと、針のはいってるのはルチルクオーツだったかな?石英という言い方もあってたぶん、もっとたくさんの種類があると思います。

実は水晶の存在は以前から知っていて、もってみたこともあったのですがそのときはなじまない感じがして・・・資質として私には合わないのかなあと落ち込んだりもしました。
専門的な側面はわからないので、あくまでも感覚でいえば、合わないというより当時は心身のパワーがダウンしすぎていて鉱物からのささやきが届かなかったのかも?
自暴自棄にもなっていたから全部封印してしまった。・・・けれど不思議なことにそれらはみえないところで私を守護してくれていたような気がするんです。いえ、霊感なぞはもちあわせておりませんが(汗)何故かように?と思われるかもしれません、というのも。

心身の状態がよくなりかけたころに鉱石にかかわる機会ができ、それは水晶ではなかったけれど、『水』にかかわる石・アクアマリンでもっているとどこかじわっとぬくもりを感じて。その後、ほんとうに鉱石をあつかう専門のかたとご縁ができてこちらも“ウオーター・サファイア”とも呼ばれるアイオライトに引き寄せられ、水晶までたどりついたのです。
ちなみにもっともやっかいだったのは愛にまつわる石・ローズクオーツでした。
おなじピンクのほかの石はそれほど違和感がないのに、これがなかなかピンとこない。
しかもすごく苦しい気持ちになってしまう・・・みているだけで。もちろんこれも人によって合わないこともあるでしょう。直感的に内面に問題があることはわかりました。

好きだけど嫌いって感情、ありませんか?私の場合は自分自身、だっただろうと。
ひとつの階段をのぼるためにどうしても必要になって“・・・つけてみて”というささやきがきこえた。私なんかが誰かをすきになっちゃだめなんだって、ずっと苦しかったから。
ホントの意味で傷を癒すことが出来るのは自分をゆるせるように、ぜんぶを受け入れられるようになったとき。友人からローズクオーツのついた小物を贈られたのもちょうどそんなおりでした。

いろんなものが、どこかで共振してつながってる。。。
こわいっておもうのはわくわくとどきどきが同居してる証拠??
。。。じゃ、信じてみても、いいかな*

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