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2008年6月

太陽と月

梅雨で大雨が続いている地域があります。地震も多くなっているので、被害が大きくならぬよう祈るばかりです。
気温の変動もはげしいですね。衣替えも悩ましい・・・

明暗、という言葉があるし、これに類することばがいろいろあります。
一般に「明」のほうに目が向きがちですが、「暗」ってそんなにいけないもの?
・・・そりゃ、「明」がいいって意見は理解できますよ。けど、「明」ってなんですか?それって「暗」に対する言葉ですよね。もし、ずーっと「明」のなかにいたとしたら感覚が麻痺して、「明」であることすら忘れてしまいませんか?

映画館や劇場のなかで暗くなって、気持ちが落ち着くという経験・・・
あれも一種、「暗」を求めている証だと、私は感じています。
「明」ばかりだと、人は疲れてしまいます。
朝があって夜がある、自然の摂理にあてはめると納得しやすいかな。

太陽は、たくさんの恵みを地上にもたらします。でも、熱せられすぎれば生命は存続できない。だから時に雨が必要になる。
そうして月は、しずけさやおだやかさを与えてくれる、休息のときを教える。
たとえ姿がみえなくてもそこにあって、見守っているのです。

人も、きっとおなじ。生まれもった性格や資質はそれぞれちがって、ある確率で「明」にみえたり「暗」にみえたりする。似ているからいいなあと思うこともあるでしょう。・・・けれどむしろ、表面上は正反対にみえるときに引き合うちからはつよくなるように感じます。
私自身は「暗」のほうだと感じていても、角度をかえると「明」にみえるといいます。また、太陽のようなひとに惹かれるきもちが存在する・・・相手からはどうみえているかわからないけれど。
・・・たぶん、人のなかには太陽も月も存在するのだけど比率が異なっているから、自分の意識にはないものを無意識に求めるんじゃないかな、と。隠れているそれらを互いに引き出して大きなちからになれば素敵ですよね。

六月の誕生石はムーンストーンです。誕生石になるくらいだからポピュラーな鉱石なのかな?この石にであったころはまだ、鉱石のことよくしらなかったけど。
ものすごく素朴な疑問として月の石があるなら太陽の石もあるはず・・・そのあたりから鉱石への関心は高まったようです。当時はあまり出てなかったのですが、ちゃんとあるんですよ、サンストーンって。エネルギーがいっぱいつまったような色合いです。

・・・私は、どっちも大好き。
「陰」と「陽」の両方が必要ってことかな??
そんなふうに自分も人も、ひっくるめて抱きしめられたらいいだろうな

赤と青と??

そーいや昔、「風と雲と虹と」って大河ドラマなかったっけ?・・・いえ、全然カンケーないですが、ちらとよぎったので。

誰しも子供のころ、お絵かきの時間などでクレヨンとか色鉛筆とかをつかって描いていたのでは?と思います。子供心にたくさんの色がならんでいるさまは、けっこうわくわくしていただろうなと。・・・たぶん、それぞれお気に入りの色というのがあって、私自身も選んで色をつけていたはずです、が・・・考えてみると身につけるものや持ち物については特別な色があったかなって。

あえていうなら赤、かな?これはいまもお気に入りなほうだと思う。あと、落ち着くのは黒。
服だとあわせやすいという特性もありますね、おそらく。何故だかわからないけど絵を描くことと日常の色とがかみあわないというか・・・大人になるにつれて色のない生活になっていたような気がします。ある意味、仕方ないことなのかもしれないけれど・・・

日本人っていうのは、個性(カラー)が強すぎるとはじかれる傾向があるし、集団や組織を重んじるあまり、少しでも異質であると感じた場合に排除にはしる力がはたらくからできるだけ色をださないようになっていくのかな。・・・だけど、誰かを犠牲にしないと成り立たないものなんて、本物じゃないよ、ずっとおんなじことがくりかえされてく・・・

おかしなもので、痛みに鈍感になってるとほかの感覚もはたらきにくいんだね。子供のときはそうじゃなかった。かなり無鉄砲なこともやってたけど、からだ全部でいろんなこと感じてた。って生活に密着してる色だったんです。

のイメージってどんなものがありますか?
たとえば血液、光の明るさでいくと太陽、精神面でいえばエネルギッシュで情熱的な色。
うーん、あとは金魚とかばらの花、チューリップを思い浮かべるかな?
では、は?
空とか海とか、かな?それから実際は色とはいわないだろうけど水のイメージ。
冷静さやおだやかさの象徴、広義の意味合いだとみどりも含めて樹木、山、植物全般。

こうしてみてくると、青って自分には合わないと思ってたけど、自然の一部と解釈するとすごく気になるわけが理解できるみたい。無理に枠にはめこもうとしてもがいていたんです、みないふりをしてた。どちらも不可欠だったのに。

バランスをとるためにもいろんな色をためしてみたほうがいいのかも。
案外、自分の色って自分自身もしりません。それに他者を通さないとみえない色もたくさんあります。
だから時には「えっ!?」とおもう冒険も必要かも??

子供のころ、どんな色が好きでしたか?
いまは何色が好きですか?
気になる色はありますか?
こころに描く想いに色をつけるとしたら?

“だれか助けて!!”

目覚めていても
うすい意識のなかでも
声にできない、声にならない
「さけび」・・・・・・

本来、解決するのはじぶん
だけどちからがいる、ひとりでどうすることも
できないことがある
それを必要とするほど、
真に助けがほしいときほど
声はあげられないものかもしれない

誰にもいえなくて

想うことさえ禁じて・・・

何度も封じようとした

“すきになってごめんね そばにいてくれてありがとう”

たったひとつの笑顔があれば
声が届いたなら
ぬくもりをおぼえていれば

・・・あきらめたくなんかない

ひとりめは四歳?

・・・人間年令にたとえるとそうなるんだな、というお話

2004年に『僕のたからもの』という本が生まれました。・・・原案はあったけれど、まさか本というかたちになるとは考えてなかったころ。こうして生きていられるとも思わなかったから・・・すごくうれしかったことを憶えています。

わたしには子どもはなく、もった経験もない。けれど何故か出版にあたってちょうど子どものようなものだろうか、と考えたことがあった。・・・当時の担当さんと、そんなことも話したな。

現在は親となった旧友にも同じことを言われましたね。遠くにいるので会うことはまれだけど、いっしょになってよろこんでくれました。

原案から書きおこし、印刷、校正、出版までの行程、本になってから、そして目下さまざまなことが起きていますがかたちとしてちゃんとのこっている。・・・ただの親バカだとは思いますが、きちんと祝っておきたくて。

発行日=誕生日という解釈

“誕生日おめでとう、そして・・・生まれてくれてありがとう”

同時に、この本を読んでくださったかたへ感謝いたします。

楪 蒼朋 Yuzuriha Souhou

i and ai

。。。春に発売されたある歌い手さんのアルバム。。。

表記すると『 I 』と『』になる
(分かる人には分かりますよね・・・)

シングルと連動してるとはしらなくて
ツアーもやってたんだね

「彼」の音楽にはフシギがいっぱい よくいわれるのは詩、だけど曲もかなり特異だと 彼にしてみりゃフツウなのかもしれないけどね
どこからそういう音や言語があらわれてくるんだろうっておもうけど 彼のなかだけにあるものなのだろう よそで感じるものではない

おそらく以前なら解することのできにくい領域 だが、いまは・・・
もしかしたら種族としてはちかいのかもしれない、そんな気がしてならない どういえばいいのか不明なのだが。
表出手段はたしかに異なる、でも 受け取る感覚は通じているのでは

きみはじぶんをどう思っている?
きみはせかいをどうとらえている?
きみは愛をどう感じている?

「彼」と話がしてみたい もっとも、会話が成立するかは謎だが感ずるところはあるかもしれないな

ほんとうは

あなたには、還る場処がありますか?

思いきり泣けるところがあるでしょうか

探しているのか、気づかないだけか

わたしは・・・

だれかにとっての還る場処になれるだろうか

命をつないでゆくことができるのだろうか・・・

しばし休息。。。。

からだが思うように動かない。

やることはたくさんあるんだけど、計画変更をしてもどうやらこころとからだがうまくかみ合わないようなので少しゆっくりしようと思います。

天候のせいもあるかな?・・・風邪をひいた、ということではないのでご安心を

たぶん、いつもの、だとおもう

気にしてもしゃーないな。

ところで梅雨入りってどのあたりまでしてるんでしょうか?

「入梅」ってきょうあたりじゃなかったっけ。。。

すっきりしない天候が続きますが、皆様くれぐれもお気をつけくださいね。

・・・なんだかひどくだるい・・・
(心因性のものでしょうが、時々呼吸がしんどくて胸のあたりがいたい)

Newton

・・・ジャンルとしては科学雑誌、で良いのか??

ごくまれに広告を見て、特集が気になるときに購入している。無論、全部は読めない。・・・何故か?文字は読める(笑)しかし、理数系のアタマがないので理解できない部分がおそらく多いのだ。・・・で、もひとついえば「すべて読む」とインプットすると(自分の)回線がショートしてしまう恐れがある。これは過去の経験からはっきりしている。

雑誌にかぎったことではないが、必要な箇所のみ抜粋するということも大切だと思う。

では、その判断をどうやってくだすか?

うーん・・・言ってしまえば近道はない、かな?私はその道のスペシャリストではないので、個人的な主観でしか分からないけれど、体験に基づくものでないとなかなか身にはつかないと考える。とにかくやってみるということ。失敗もあっていい。それがないと、どこに問題があるのか、どのようにするのが良いのかを考えなくなる。

なまじ要領がよすぎても大きな落とし穴があるような気がする・・・

自分で(実は周囲の人のちからも根底にはあるのだが)鍛えていくことで養われる独自の感覚というのがそれぞれの人間には備わっているんじゃないかな。・・・その人にしかわからないやり方。

理数系ではないのに半端に(?)関心があるもんだからつい買っちゃう。それにしても最近のでも、かなり前に購入した号をほとんど目を通せずにいる・・・おまけに増刊号が気になるこの頃。

・・・いつ読むんだっ!?

唐突ながら

・・・そろそろ開幕(?)ではないかと思いますが、演劇集団キャラメルボックス『水平線の歩き方』というお芝居<東京・神戸・名古屋>に行かれる(予定の)かた、または突発的に行ってみようと思われるかた・・・もし行かれたら、ご意見・ご感想をよろしければお聞かせください。

観たいのですが、どうやら無理そうなので。

たしかハーフタイムシアターの作品なので、一本は60分の二本立てになっており、もうひとつ別の作品があると思います。(二本通しでも観られますし、一本のみも可能。料金は変わってくると思いますが)

久々のオリジナル作品とのことで、演出の成井豊さんのお話から察するにとても素敵な物語のようで・・・・・・作品のキーワードが、近年自分が意識することと合致してるんですね。だから観たらたぶん、泣きそう。めったなことじゃ泣かなくなってきてるのにな。

水平線、というと海がうかびますね。作品をごらんになったかたには何がみえるのでしょう?

私にとっての海は・・・すごくおそれもあるけれど、やはりどこかに安堵の色がかくれてる場処のような気がします。

たくさんのかたに観ていただけたらいいな。

寒月霞斬り

少ない時代劇枠で近頃ちょこちょこ観ている作品。主役の榎木孝明さんも気になるところですが、寺田農さんや加藤剛さんが出演されていることもあって引っかかった(笑)

原作を書かれた佐伯さんと榎木さんがかなり親しい間柄ということで、この作品にかける意気込みも並々ならぬご様子。・・・しかし榎木さんもいろんな才をお持ちで。原作はすごく長いようですが、ドラマもシリーズ化されたらいいな、と。

このところ不思議と榎木さんがらみの作品にご縁がありまして。そういえば、浅見光彦シリーズで光彦さんやってらしたこともありましたっけ・・・現在はお兄さんの陽一郎さんだったかな?現代劇でもどことなくつかみどころのない雰囲気もってらっしゃいますが、時代劇をみていてもたぶん、真面目なかたなんだろうなあと。堅物という意味ではなく。

さて、シリーズ化されるのかどうか。関心をもたれましたら、ごらんになってみてください。

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